最近録画していた『プリンセス・トヨトミ』を見ました^^
んん~大阪人は皆『ひようたん』=千成瓢箪をかくしもってるの?
って錯覚させられる映画でした~
真田幸村~
関ヶ原の合戦で敗れ、失意の真田昌幸・幸村父子が
10年以上蟄居生活を強いられ
逃げるチャンスをくれた豊臣家への恩義と
真田家の武勇を守り、戦国を生き貫く男の武士道を貫いた御方~
てとこで和歌山にある
『真田庵』
由来は以下の通り(抜粋してます)
真田庵は、善名称院(ぜんみょうしょういん)といい、戦国時代最後の武将、
真田昌幸・幸村父子隠棲の屋敷跡として県の史跡に指定されている。
関ヶ原の合戦で西軍につき、徳川家康を散々に苦しめた父子は
戦後この地に蟄居を命じられている。
のち慶長19年(1614)10月1日に徳川家康が大坂豊臣氏追討を命じると
豊臣方の指揮官・大野治長が真田信繁(幸村)へ勧誘の使者を派遣する。
家康に一矢報いることを決意した幸村が、村人や監視役を集めて酒を振舞い
酔ったその隙に大阪城へ脱出したという逸話は有名。
これは幸村の智謀ぶりを要した伝説であろうが、
実際村人の協力があっての脱出だったのは間違いあるまい
8日後の10月9日に大坂城入城。その後の幸村の活躍はあまりにも有名である。
六文銭の紋が刻まれた門幸村ファンは
身震いしますね~

宝物資料館や真田昌幸の墓




『かくれ住んで 花に真田が 謡かな
炬燵して 語れ真田が 冬の陣』
蕪村の句碑
大切に語り継がれた幸村~
最後まで大阪城を守り抜いたその武勇と信念への
敬意が表れてますよね~

近くにこんなお店が~
『幸村庵』
座布団も赤・鎧も赤~
なぜ?なぜ?
幸村の鎧やの六文銭の旗はなぜ真紅色?
調べました
『大坂冬の陣』開戦。幸村は大坂城の外に飛び出た
「真田丸」が総攻撃の的になる事を覚悟して立て篭もり、
兵たちの団結力を高める為に、真田隊の鎧を赤で統一した(真田の赤備え)
カッコいいですよね~
自ら進んで目立つ色を使用し的になるとは・・・
こちらのお店のアクセントの赤はきっとこんな意味なんでしょうか?
幸村ファンにはちょっと胸キュン~
思い入れに弱いんですよね~






歴史は奥が深いので私ごときは語るのは
失礼かと思いますのでこの辺で~
お蕎麦は手打ちで丹精込めて作った麺です~
揚げ蕎麦のサービスもあり窓から見える日本庭園は
なかなか見どころです~
写真はありませんが座敷の上座には
赤の鎧が飾ってあります~
そば処『幸村庵 』
11:00~19:00
ランチ営業、日曜営業
0736-54-3751
※ご来店前は事前に確認を~
戦才に優れ、大坂夏の陣に散った悲劇の武将真田幸村~
さまざまな伝説や今回のプリンセス・トヨトミでも
語り伝えられ、私たちの心の中に生き続けています~