相続放棄の期間制限(3か月)の開始時期について!(その2) | 【相続放棄体験記】自分で手続きをして初めてわかった重要なこと!

【相続放棄体験記】自分で手続きをして初めてわかった重要なこと!

このブログでは、父が死亡した際、母と姉と私の3人が相続放棄を決意し、書類作成から提出、相続放棄申述書の受理通知書を受け取るまでについて、手続き上の問題点や書類の記載内容、費用などの疑問点を調べ、解決した方法について体験記の形で綴っていきます。

まず、今回は、かなり小難しいことを書きます。


「こんなのわかんね~!」という方は、
次回に、われわれ素人がどのように対処すべきかについて書きますので、そちらを参照してください。



今回は、被相続人(故人)が亡くなり、自分が相続人となったと知ってから約1年経過後に、故人が連帯保証人となっていたのが発覚した場合、故人の子供たちに相続放棄を認めた判例について解説していきます。

 

 

 

 

 

 

1・最高裁判所昭和59年4月27日判決の判旨・全文


これについては、最高裁判所昭和59年4月27日判決が、以下のように判示しています。

⇒ 判決全文



(判旨抜粋)

「熟慮期間は、原則として、相続人が前記の各事実を知つた時から起算すべきものであるが、相続人が、右各事実を知つた場合であつても、右各事実を知つた時から三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかつたのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があつて、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには、相続人が前記の各事実を知つた時から熟慮期間を起算すべきであるとすることは相当でない」

 

 

 

2・解説など

 

以下、この判例について説明を加えていきますね!

(1)3か月の開始時期の原則について

この判決では、開始時期の原則を以下のように述べています。

「熟慮期間は、原則として、相続人が前記の各事実を知つた時から起算すべきものである」



ここ述べられた「前記の各事実」は、上記抜粋の外に記載されているのですが、

●「相続開始の原因たる事実」
●「自己が法律上相続人となつた事実」


…という大審院大正15年8月3日決定で示された2つです。

言い換えれば、⇒ 3か月の開始時期について!(その1)で説明した

●被相続人(故人)の死亡の事実
●自分が相続人になったという事実


…の2つを知った時から、3か月のカウントダウンが始まるのが原則であると判示しています。

 

 

 

 

(2)判例による例外基準について

また、この判例は、下記の条件に合致する場合には、具体的に被相続人(故人)の相続財産の全部または一部を認識したとき、あるいは通常認識することができるときに、3か月の熟慮期間のカウントダウンが始まるものとしています。

 

 

そこで、この例外について検討していきますが、最高裁判決が示した基準は、

(基準1)
「三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかつたのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり」

かつ、

(基準2)
「被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があつて、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるとき」


…の2つになります。


この部分を簡単な言葉でいい直すと、相続人が、

 

●故人に相続財産がまったく無いものと考え、

 

かつ

 

●そう考えたことが客観的にみて合理的な状況

…にあるとき、と考えることができます。



(3)判決が出た争いをめぐる事実関係

そして、この判決で認定された事実は以下のとおりです(簡略化するために省いたものもあるため、不明な点は、必ず原文に当たって下さい。)。


・被相続人(故人)と子供たちが同居していたとき、故人はギャンブルに熱中しており、その結果、家庭内にいざこざが絶えなかった。

・これら家庭内のいざこざから、3人いる故人の子供のうち、一番上の子供は家出をし、その他の子供は、妻が子供を連れて家出をし、以来14年近く、子供たちと故人との間に交流は一切なかった。

・子供たちとの交流がなくなってから10年以上経過後、被相続人(故人)が他人の1000万円の借金について連帯保証人になった。

・その後、被相続人(故人)は、連帯保証人として1000万円の支払を求められ、裁判を起こされた。

・独身の状態にあった被相続人(故人)は、生活保護を受け、医療扶助を受けて病院に入院した。

・故人の子供のひとりが、民生委員から故人が入院している旨の連絡を受け、数回ほど故人を見舞いに行った。

・見舞いをした子供は、この時、民生委員から故人の資産や負債、裁判を起こされていることについて、何も説明を受けなかった。

・その後、見舞いをした子供は故人の死に立ち会ったが、故人には目ぼしい財産が一切なく、葬式も行われず、故人の遺骨も寺に預けられたままの状態である。

・故人の死を見届けた一番上の子供は、翌日、他のふたりの子供に、故人が死亡した旨を知らせた。

・故人の死亡から約1年後、子供たちは、相続人として、被相続人(故人)が訴えられていた1000万円の裁判の引き継ぎを命じる旨の裁判所からの通知を受け取った。


 

 

 


(4)ぶっちゃけ判例考察(私見)

ここでは、私なりにぶっちゃけた判例の考察を書きます。

ま、一言でいうと、この判例は、この子供たちに同情したんだろうと思います。

幼いころ、ギャンブルに明け暮れて家庭内不和を招き、一番上の子供は家出したまま、その他の子供も、母親に連れられて家を出て、以来14年近く父親である故人との交流が一切なかったわけです。

その後、一番上の子供が、生活保護を受けた故人を担当する民生委員から、あなたの父親が入院をし、死期が近いとの連絡を受けました。

父親と子供たちとの交流がなくなった経緯を考えると、連絡を受けた子供が民生委員からの連絡を無視しても何ら責められる言われはない状態でしたが、一番上の子供は、大人の対応をして、死期間近の故人と面会し、その死を見届けています。

故人の葬式も挙げられず、遺骨も寺に預けられたままの状態であることを考えると、故人と子供たちとの関係は、血縁がある以外は、他人以上に疎遠な間柄にあったことが分かります。

そんな状態にあるにもかかわらず、一番上の子供は、大人の対応をして故人の死を見届けた。しかし、この結果、子供たちは1000万円もの支払義務を負うことになります。

民生委員の知らせを無視し、裁判所からの通知によって初めて故人の死を知った場合であれば、裁判所の通知を受けたときから3か月は相続放棄をすることができたのに、一番上の子供が故人を看取ってしまったがゆえに、故人の子供たちは、裁判所の通知を受けた段階で、この1000万円の負債を含め、故人のすべての財産と借金を相続しなければならなくなってしまいました。

 

このように、一番上の子供が親切心から故人を看取ったことが、かえって彼らが1000万円もの負債を強いられる原因となったわけですから、原審(高等裁判所)の判決は、子供たちにとって非常に酷な結果を招いたわけです。

そこで、最高裁は、(子供たちの状況に同情し)彼らを救済すべく、

 

相続人が、故人に相続財産がまったく無いものと考え、そう考えたことが客観的にみて合理的な状況

であれば、3か月の期間を繰り延べてもよいという基準を打ち立て、これに該当するとして、子供たちを救済したのです。

 



なお、この判決は、5人の裁判官で審理される第二小法廷で出された判決ですが、これだけ同情を集めそうな事情にもかかわらず、1人の裁判官が反対しています。

詳しくは、上の全文を見て欲しいのですが、私なりに解釈したところを一応挙げておきます。


反対意見の要旨(私見)

(民法の)立法者は3か月という熟慮期間を設けているが、この熟慮期間は、相続人と被相続人(故人)の債権者との利益保護のバランスを図るところに趣旨がある。

このバランスをどのように図るかについては、本来、立法者に委ねられるべきであり、民法のこれまでの改正の経緯をみれば、立法者は意図的に例外を認めなかったものと考えるべきである。

そうであれば、本件の判決は、三権分立によって司法を担うべき裁判所が立法者の意図に反して例外を認めることになるから、(多数意見には)反対である。


 

3・この判例の評価

この判例は、世間の耳目を集めた判決ということもあり、最高裁判所調査官による判例解説が出ています。

最高裁判所の調査官とは、将来の最高裁の裁判官候補とも言えるエリート裁判官が務め、

外国の同種法律や立法時の議事録から各条文の制度趣旨を調べたり、学説の動向を調べあげたりするなど、化け物のような調査・分析能力を持った人たちです。

⇒ 最高裁判所調査官とは


そして、遠藤賢治という調査官(当時)が、この判例を解説しているのですが、

「一律に、相続財産についての認識がない以上熟慮期間は進行しないという考えによる…と、著しく法的安定性を害するおそれがあるし、また、相続財産の調査を怠って相続財産がないものと軽信し、漫然と3か月の期間を徒過した者まで救済の対象となってしまうので、…妥当ではない」と、この判例の適用範囲は限定すべきという意見を書いています(最高裁判所判例解説(民事篇)昭和59年度188ページ)。

 

 

 

 

 

4・学説・裁判例の動向など

学界においても、この3か月の熟慮期間を繰り延べる場合を限定すべきか否かについて、3か月の熟慮期間を繰り延べる場合を限定すべきと考える見解(限定説)と、広く繰り延べを認めるべきであるとする見解(非限定説)があります。


また、これを受けて、下級審判例でも、結論が分かれる場面が多数出ています。

熟慮期間の繰り延べを認めた裁判例

●東京高等裁判所昭和61年11月27日判決
●東京高等裁判所平成15年9月18日判決

 

 


熟慮期間の繰り延べを認めなかった裁判例

●東京高等裁判昭和62年2月26日判決
●福岡高等裁判所昭和62年5月14日判決
●大阪高等裁判所平成2年11月16日判決

 


詳しくは、民事法研究会発行の「限定承認・相続放棄の実務と書式」に記載されていますので、興味がある人は参照してみてください。


これを受けて、私たちがどうすべきかについては、3か月の開始時期について!(その3)で説明していきたいと思います。