お国自慢はほほえましい話ですが、お国が国家となると次元が違ってきます。国により、民族により生活や習慣や美的感性が異なるのは当然です。ですから、焼き物も国によって民族によって多様な形態、意匠が生まれてきました。しかし、焼き物の技術となると国境は無くなります。技術もその根底の発想には民族性が絡んできますが、一旦成立した技術は国境を越えて広がります。
東洋陶磁も各国によって、時代によって多様ですが、その技術史的展開を辿るためには、現在の国境を取り払って考えた方が理解しやすくなります。古代から中世にかけては東洋陶磁の技術的中心地は中国でした。そうであるならば、中国の陶磁器の技術から朝鮮、日本へと辿るのが自然の流れのように思います。日本の独自性が強く現れているためもあって桃山陶の人気が高いのですが、私は桃山陶の技術にしても中国陶磁の技術的影響があると思っています。
よく中国陶磁器と日本の陶磁器との違いは土にある、とか言う人が居ますが、私は土も焼きも釉石も釉灰も中国と朝鮮と日本では異なっていると思います。ただ、その相違は各国の自然環境(資源環境を含む)、社会的発展過程の相違によって齎されたものであって、底流には共通の技術的認識が隠されているように思います。それは、新たな自然的、社会的環境の下で原料を選択するという行動に端的に現れます。
例えば、朝鮮の陶工が日本に連れて来られても、新たな土地で粘土や釉石、釉灰を選択する事が出来たのは粘土鉱物全般の知識や灰原料である植物全般の知識があったからでしょう。生まれ育った土地の特定の粘土や特定の植物しか知らなくては新しい土地で優れた窯業の体系を築きあげる事は困難だからです。
この事は、昔の陶工の技術思想を辿る上で、原料選択行動の軌跡を辿る事の重要性を示唆しています。陶磁技術の変遷は使用原料の変遷でもあり、焼き物の場合、使用原料に規定される割合が高いのでとりわけ重要です。なかでも釉灰原料の変遷を知る事は東洋陶磁の技術史の上で重要な位置を占めていると思います。何故なら、東洋陶磁を東洋陶磁たらしめたものは自然灰を媒熔剤とした高火度釉だからです。ところが灰についての探求はあまりなされてきませんでした。それは近代窯業技術が大量生産を思想的基軸に据えているために自然灰は最初から傍流とならざるを得ないからです。
しかし、東洋陶磁の技術史を理解しようとすると自然灰の利用方法に大きな労力を割く必要があります。それは東洋の文化は漢方や絹や紙といった、植物を有効に活用した有機物の文化を基底に持っているからです。言い換えれば、完全なる農耕文化の基盤の上に各種の産業・文化が成立していたという事です。
各国の民族性や美意識の相違、発展段階の相違、自然環境・資源環境の相違によって齎された製品の相違に惑わされずに東洋陶磁の技術的展開を辿るためには、国家意識や民族意識などという邪魔者を排除して考察する必要があります。そして自らの固有の美意識をもとりあえず脇に置いておく事も重要なように思います。
(注)この記事は『焼き物雑記の昼寝部屋』でアップしたものです。
東洋陶磁も各国によって、時代によって多様ですが、その技術史的展開を辿るためには、現在の国境を取り払って考えた方が理解しやすくなります。古代から中世にかけては東洋陶磁の技術的中心地は中国でした。そうであるならば、中国の陶磁器の技術から朝鮮、日本へと辿るのが自然の流れのように思います。日本の独自性が強く現れているためもあって桃山陶の人気が高いのですが、私は桃山陶の技術にしても中国陶磁の技術的影響があると思っています。
よく中国陶磁器と日本の陶磁器との違いは土にある、とか言う人が居ますが、私は土も焼きも釉石も釉灰も中国と朝鮮と日本では異なっていると思います。ただ、その相違は各国の自然環境(資源環境を含む)、社会的発展過程の相違によって齎されたものであって、底流には共通の技術的認識が隠されているように思います。それは、新たな自然的、社会的環境の下で原料を選択するという行動に端的に現れます。
例えば、朝鮮の陶工が日本に連れて来られても、新たな土地で粘土や釉石、釉灰を選択する事が出来たのは粘土鉱物全般の知識や灰原料である植物全般の知識があったからでしょう。生まれ育った土地の特定の粘土や特定の植物しか知らなくては新しい土地で優れた窯業の体系を築きあげる事は困難だからです。
この事は、昔の陶工の技術思想を辿る上で、原料選択行動の軌跡を辿る事の重要性を示唆しています。陶磁技術の変遷は使用原料の変遷でもあり、焼き物の場合、使用原料に規定される割合が高いのでとりわけ重要です。なかでも釉灰原料の変遷を知る事は東洋陶磁の技術史の上で重要な位置を占めていると思います。何故なら、東洋陶磁を東洋陶磁たらしめたものは自然灰を媒熔剤とした高火度釉だからです。ところが灰についての探求はあまりなされてきませんでした。それは近代窯業技術が大量生産を思想的基軸に据えているために自然灰は最初から傍流とならざるを得ないからです。
しかし、東洋陶磁の技術史を理解しようとすると自然灰の利用方法に大きな労力を割く必要があります。それは東洋の文化は漢方や絹や紙といった、植物を有効に活用した有機物の文化を基底に持っているからです。言い換えれば、完全なる農耕文化の基盤の上に各種の産業・文化が成立していたという事です。
各国の民族性や美意識の相違、発展段階の相違、自然環境・資源環境の相違によって齎された製品の相違に惑わされずに東洋陶磁の技術的展開を辿るためには、国家意識や民族意識などという邪魔者を排除して考察する必要があります。そして自らの固有の美意識をもとりあえず脇に置いておく事も重要なように思います。
(注)この記事は『焼き物雑記の昼寝部屋』でアップしたものです。