倒産の危機に瀕した大林の逆転を狙ったニュー綾部の買収は、まさにタイトロープであった。

顧問税理士やメイン銀行からの反対を受けることは、最初からわかっていたことだが、いざ、DD(デューディリジェンス)などをやってみると、想像以上に綾部の内容は悪かったので、さすがに気持ちがひるむのを感じていた。

当初の提示額は10億円だったようだが、交渉成立間近だった山梨のホテルから肘鉄を食らってから、どうやら綾部の関口社長の顔色が急に青ざめてきた。優秀なホテルマンらしく、いつも笑顔を絶やすことがなかったさすがの社長も、三度目の倒産の恐怖には勝てないのだろう。

そろそろ桜の季節を迎えようとする三月のある日、一志と歓談する関口社長の口から、思いもよらぬ言葉が飛び出した。

「会長、うちの買収に例の熱海園が手を挙げてきました。覚悟はしていたことですが、どうにも頭が痛いことになりまして・・・・。」

それを聴いた一志が「本部の社長、まさかそんな話に乗らんよね?」と少々慌てた様子で尋ねた。

「ええ、今のところコンサルタントや金融機関に、別の買い手を当たってもらっていますので大丈夫だとは思いますが、苦しくなるとどうなるのか心配しています。」

一志が続けた。

「もし、あんなところがこの地域に来たら、もうここも終わりだ。なんとしても防いでくださいよ。」

熱海園とは、全国の債務超過に苦しむ、ホテルや旅館を安く買い叩き、一万円を切る安売りで質の悪い客を多く集めて売上を維持しているグループである。

20億の資産価値のあるホテルを5千万で買収したり、老舗の日本旅館を1千万で買い叩き、中国資本に転売したりと、えげつない商売で勢力を拡大していた。元々、カラオケや居酒屋系の会社のため、ホスピタリティーなどという旅館本来の業態などには全く興味は持っておらず、わずかでもキャッシュフローが残れば良し、という経営手法だ。この手の会社と純粋に宿泊業として戦っては、まずこちらに勝機はない。何しろ相手は、お客様の顔を千円札に例えているほどで、「一人千円を運んでくれるのが宿泊客だ」と社員教育をしているくらいだから、顧客の満足を高いレベルに置くはずもなく、最初から戦うステージが違いすぎるのだ。

しかし、この話は私にとっては朗報だった。

「これで買収金額は3億以下でいけるかもしれない・・・。」

私は、自分たちに風が吹いてきたのを感じていた。

しかし、500万の融資も断られる状況で、さあ一体どうする・・・・。

作戦を絞る時期に来ているなと、外の景色に目を送った。

スタッフの反対を押し切り大林の再建に取り組むことになった俺だが、いざ現地に乗り込んでみると、当のオーナーはじめ現地のスタッフの脳天気振りには、さすがに言葉が見つからなかった。

ワンマン経営者の一志は、月のうち現地にいるのは数日だけで、後はほとんど出張名目のお遊びだらけ。そのために、現地スタッフは現状を無視して実にノンビリムードの仕事ぶり。予約係りなどは、一日に最低何人の予約人が必要なのかも、全く把握できていない。支配人は隣の大手のホテルからの中途入社組らしいが、他のスタッフより優れているのは、専務に対するゴマの擦り方の上手さと、休日表に誰よりも先に自分の休みの予定を書き込んでしまうことぐらいだ。見た目はスラリと背が高く、現代的なイメージでなかなか良いのだが、何か困ったことに直面すると

「金城(前の勤務先)では、違いました・・・。」

まさに、馬鹿の一つ覚えだ。

「あんたが今勤務しているのはどこ?お馬鹿さん・・。」

みんながそんな顔をしているのが、滑稽だった。

「まあまあ、いろいろあるけど全てをゼロに戻すしかあるまい。」

そう呟いて気持ちを切り替えようとしていた。


数日たって、例の危ない連中からの情報で、大林の状況報告を入手することができた。一読して俺は自分の目を疑った。

市場での知名度は抜群で、その評価は予想していた以上だった。また、営業ルートでの支持率は他社を大きく引き離していた。通常ではこれだけ条件がそろっていれば、再建は十二分に可能なはずだが、内部の深いところを探ってみないと不振の本当の原因は分らない。しかし、このホテルが優位性を持っていることは間違いない事実で、

「これはオオバケさせるには充分かも・・・・」

久しぶりに、おれの闘志に火がついたのを感じていた。

どうせやるなら、そこいらのインチキコンサルタントと同じレベルでは満足しない。キャッシュフローを霞め取る奴らのやり方は、まさに合法的な詐欺グループそのものだ。弁護士や会計士といっても何もできないにも拘わらず、その名前だけで困っている依頼者は全面的に任せてしまう。医者が患者の生活まで興味があるはずもないのに・・・である。そんな連中のやり方に俺は真っ向勝負したい。再建は、法律的に再建できれば良いものではない。そこで生活をしている人間の息吹を感じながら、再建後5年、10年と継続できてこそ、はじめて再建したことになる。俺は、この考え方だけは曲げることはできない。


まあ、難しい理屈はこのくらいにしよう。

まずは、旅館関係の本でも探そうということで、大森辺りの本屋に向かった。


案内所会議を終えて俺は一度東京に戻ることにした。

正直な話、様々な企業と付き合ってきた経験はあるものの、旅館業については全くの素人。営業支援と言われても、こちらとしてもそれなりに準備が必要だ。第一に営業システムの古い体質を見極めずに、舐めてかかると大きな代償を払うことになるな・・と、俺の第六感が教えてくれていた。

あれこれと考えながら高速を飛ばしていると、何時の間にか東京料金所が見えてきた。時々見えるビル街の明るさに、何故かホッとしている自分に気付き、何となく苦笑した。

「田舎者のくせに、俺もいつの間にかカブレやがった。阿呆が!」


翌日早速スタッフを集め、大林ホテルグループについてマーケティングをスタートさせた。大林の営業スタッフ連中のヒヤリングはそれとして、俺にとっては自分の目と耳で確認したものが、一番信頼できる情報だ。特に切羽詰った人間や、企業サイドからの話ほど、全面的に信頼できないものはないからだ。

先ず、俺がどうしても知りたかった情報は、大林の認知度であった。もし一定の水準以上の認知度がなければ、営業の立て直しには速効性は期待できないからだ。その逆の場合、営業戦略の見直しと即効性のある施策を打つことで、半年以内に実績を挙げることも可能となるからだ。

次に、その評価レベルだ。

もちろん、地域性やお客の質や内容などセグメントされた情報をまとめてみなければ分らない。昔の温泉宿に求められたニーズと現代のそれとは、全く異なるだろうことは容易に理解できる。だからこそ、お客サイドから発信される情報に対して、より敏感であるべきだ。

まあ、そんなへ理屈はこのぐらいにして、アナログ、デジタル両面での指示をして、大林の現状を徹底的に調べさせた。

一方、俺と言えば、昔から付き合いのある、少々ヤバい連中から大林周辺の情報を取ろうとしていた。

最近よく耳にする○○コンサルタントと呼ばれる連中がいるが、これほど如何わしいものはない。およそ金融機関をドロップアウトした者や税理士崩れ、そして食いあぶれた弁護士などが、青色吐息で苦しむ業界や企業に対して、言葉巧みに入り込んでいることが多いようだ。大林も伊豆銀行から銀行系のコンサルタントとの契約を要求されていたようだった。

本来、コンサルタントとは、経営状態が悪化してから取り入れるものではない。ましてや、現在のように金融機関との関係が最悪の状況に陥ってから契約するなど、まさしく「愚の骨頂」だ。

そういう場合は、やっと掴んだ僅かな利益をかすめ取られているケースがほとんだ。


少なくとも、俺がやる以上そんなレベルでは終わらせない。もし、マーケティング情報が良い結果であれば、立て直しどころか成長路線にまで修正してみせる・・・。

俺は、じゃらんという旅行雑誌を見ながら、コーヒーをゆっくり一口飲みこんだ。