海辺の町で四日ほど過ごしています、
ひじき漁が解禁になったようで、背中に籠を背負って老若男女が海に出張っておりました。結構良い値段になるみたい。
こんな外房の片田舎に、若い男が居るもんなんだな、しかもシュプリームとかトミーヒルフィガーとか着てるんだこれが。ビラボンとかじゃなくて。
海辺のキャンプ場は時期外れですっからかん。
学校が休みなんだろう中学生が一丁前に、ぶかぶかのコーチジャケットを羽織って、スケートボードをくるくるまわしている。
そんなのを横目に見てると、なんだか無性に対抗したくなる、東京生まれの俺の方がもっとスゲェからな!と言いたくなっちゃうんだよね。いや、なんなら俺はすれ違うすべてのものに対して、格の違いを見せつけてやらないと気が済まない性分なんだなきっと。
俺は田舎で生まれた人間のことが羨ましくて仕方ない。大田区という、東京の片田舎で生まれてしまった自分が情けないんだよな。
そして、なんとかして探そうとしてる、リージョナルなアイデンティティ。うーん、治安が悪い、喧嘩っ早い、工場、海辺、、、。
多分合ってるけど、全部自分にあんまり関係ない。
俺は生まれてこの方、何の歴史もない新興住宅街で、鼻持ちならない小金持ちが腐るほど住んでる、つまんない街にへばりついてる。
商店街は、くたびれた美容院とネパール人がやってるインド料理屋しか残っていない。
つまんない街だから、同級生もかたっぱしから出て行った。都内なのに、、、。口を揃えて何にもないから、って吐き捨てて去っていく。
俺は何の当事者としてこの人生を生きているんだか、よくわからない。どこにも属している感じがしない。
俺が高校生の時シュプリームを買う気にならなかったのはなんでなのかな。なんであの子達はなけなしのバイト代突っ込んで、あんな下品なロゴパーカー買ってるんだろ。というか、一生俺はシュプリームもノースフェイスも買わないと思う。それは趣味とかいう問題じゃない。もっと大きな問題で、それは俺がシュプリームとかノースフェイスを買わなくちゃって思わないからなんだ。こんなに流行ってるのに!
文明が織りなす渦に、無自覚に漂っている人間が当たり前の様に感じる衝動とか、情感が、全然欠けている、身体感覚として。そういうことに気づくたびに、連鎖的に色々と思い出す。社会に全然承認されてない感覚。
三月が来たらひじき漁に出かけるみたいな、クリスマスにはミッドタウンでデートみたいな、正月には実家で挨拶みたいな、社会と歯車が合う瞬間がどんな人間にもあるでしょう。俺には一個もないよ。毎分毎秒が置いてけぼりで、すれ違う人たち全員から拒絶されている感覚があるよ。
だから必死で言い訳しちゃう、いや、俺は勉強できますから、筋トレしてますから、高収入ですから、ムニャムニャ。聞かれてもねえのに。ブツブツブツブツ。ちょっとは自分を好きになるヒントが欲しいんだよ。欠落人間にもそのくらいの権利はあるだろ〜?!
何がそんなに不満なんだよって聞かれたら意外とすんなり答えられそうな気もする。いかんせん大したこと人間なもんでね!
