昨日、通行再開した、東北自動車道で、


郡山の実家へ行ってきました。



高速は、50~80キロの速度制限でした。


特に、白河~須賀川は、いたるところに段差があり、

土嚢が積んであったり、地震のエネルギーの凄さを感じました。




途中、愛知県警のパトカーが10台程、隊列を組んで、

走っていました。


須賀川ICで降りたようです。


ご苦労様です。


そのあと、大阪府警のパトカーもみました。



上り車線には、何台もの消防車・消防の指令車も見ました。



たくさんのタンクローリー車、コンテナ車、産廃を運ぶ車両や、支援物資を運ぶ車両、

重機、それから車をたくさん乗せたカーキャリー車もいました。


頑張って。宜しくお願いします。と思いましたねー。




郡山の町は、実家の近所に限って言えば、

それ程被害は無いように思いました。


私の実家も、多少 ひびが入ったり、板張りの壁がめくれていたり、

食器なども 壊れたりはしたものの、大きな被害は被らずすみました。



でも、ガソリンスタンドはどこも長蛇の列。


近所のスーパーも入店規制をしていました。


不自由な中でも、みんな淡々と、落ち着いて生活・行動していると思いました。




計画停電・ガソリン不足・食糧不足、

今まで当たり前と思っていたことが当たり前でない今。


きついな~と、思ったところから、

あと、もう一歩。




昨日より今日。


今日より明日。


良くなっているはず。



頑張りましょう、共に。

私は、大学が岩手だったので、


友達や先輩・後輩、知人が


青森・岩手・宮城にたくさんいます。


私は福島県出身ですし、  ほんと心配です。



とりあえず、親戚は大丈夫でしたが、


仙台や盛岡、八戸の友達とは連絡がとれません。


心配です。




大学時代、三陸海岸沿いに1週間かけて歩ったことがあったという事もあり、


TVで現状を見ると つらいです。



大好きな地元、東北が甚大な被害を受けている、


でも、どうしようもない はがゆい気持ちです。




報道関係者も、どんどん、被災地に入っていますが、


悲惨な現状を伝えるだけではなく、


被災してる方々に情報を提供する、ということを


是非してもらいたいです。




電源を供給して、避難所にテレビ置いてあげられないの?


お涙ちょうだいの、つらいインタビューしかできないの?


政府や、自治体の対応に避難しかできないの?




報道陣は自由に移動もできるし、食事もとれるし、もちろん宿泊もOK、だよねー。


何これって思いますよ。



今、助けを待っている人が目の前にいたとして、


今の報道関係者は、


その人を助けますか?

その状況を報道することを選びますか?


どうなんでしょうねー。






みんな頑張ってるんだから、お互いを思いやって、


最善の方法がとれるように、


非難ではなく、優しい気持ちでお願いします。




TV見てると

涙がでてくる。





今回の地震。


栃木に住んでいる私も 初めての


震度6強


地震直後から 停電になりました。


水道・ガスは大丈夫だったのが 幸いでした。


昨夜は、鍋でご飯を炊いて、


懐中電灯で明かりを、


湯たんぽで暖をとり


余震も凄かったので 眠れぬ一夜を過ごしました。




頼れるのは、ラジオからの情報だけ。


夜中に、長野の方でも地震があって、怖かった~。








昨日は、三男の 県立高校の合格発表でした。


志望校に 合格し、合格祝いをしようねー。と思っていたところ、


地震が・・・。



中学の時には、宮城県沖地震を、

大学の時は、秋田沖地震を経験した私ですが、


こんな地震は初めて経験しました。


とにかく、長くて、横揺れが大きくて・・・。



食器棚から、がらがら食器が落ちて 割れ、


本棚から どさどさ 本が落ち、


水槽から、じゃぶじゃぶ 水があふれ・・・。



二階では、テレビが棚から落ちてたり・・・。




でも、家族全員、怪我がなくて良かった。




「合格祝いは、落ち着いたらきっとするからね。」

makorinの おどけでない一日


朝日新聞購読者向けの  「スタイルアサヒ」  2011.3月号


に、元春が載りました。



アルバムや、ツアーの紹介もしてました。



こんなところにも・・・。


もっと、もっと、元春をたくさんの人に知って、好きになってもらいたいですね~。