本書を語る前に、老舎について述べなければならない。

老舎は、1899年生まれ。満州族であり、清朝の役人だった父は、1900年八カ国連合軍の北京侵攻で死亡し、貧しい生活を送る。成人後は抗日戦争期の苦難の時代に、教員をしながら小説を執筆した。

本書は、1934年(!)に出版され、1940年代に老舎自ら「絶版になった」と話していたものである。雑文なので新聞に掲載されたものが多く、小説と違ってまとまって出版されなかったのである。

その後、1993年中山時子氏が北京訪問時、老舎の息子舒乙氏から、老舎の娘舒済氏が編集した「老舎幽黙詩文集」を渡され、日本語訳して欲しいと頼まれ、誕生したのが本書である。1934年に出版した本を、娘さんが更に編集したと思われる。

こうして「老舎を読む会」のメンバー30人以上で日本語訳した。

訳は問題ないが、読んでいて正直、これが笑えるのだろうかと感じるものもある。纏足の女性を賛美する内容も、現代女性には抵抗あるだろう。既婚男性の未婚女性への恋歌もNGだ。ただ書かれたのは抗日戦争期で、非常に困難だった時代である。こうした原稿を書くことで、当時の人は笑い、勇気づけられ、元気をもらったことは事実。その功績は偉大だった。

1966年、文化大革命による非業の死を遂げる、と本書にある。一般に、文革時、紅衛兵によるリンチを苦にして自殺とある。しかし、私の大学院の時の恩師は、自殺かどうか怪しいと言っていた。他殺説も濃厚で、私はこちらが事実なのではないかと思う。

文革時、知識人階級はつるし上げられた。しかも老舎は、清を建国した満州族である。紅衛兵に何度もリンチされてしまう。ある日、水死体で発見された(池だったと記憶するが、記憶違いだったらすみません)。公式には自殺となっているが、リンチされて池に投げ入れられた可能性も否定できない。自殺なら、遺書があるのではないか。

自殺にしろ、他殺にしろ、これは「殺された」のである。こうして文革時殺害された人は、40万人ともそれ以上とも言われている。

抗日戦争の時代を生き抜き、日本には勝ったのに、中国人に殺されたのは何故だろう。

本書は老舎が、そして当時の中国の人びとが、必死に生きた証である。1999年出版、60年以上経ってから日本で出版できたのは奇跡である。