一見大きな湖と崖だけが目に入る枯れ地のような場所。
だが、もっと奥へと進むと木々の生い茂った森に入り、こじんまりとした施設があった。
「ねぇ、理佐。私ここから出たいの」
「どうして?」
「私にも分からない。でもここにいたらダメだって誰かに言われてる気がするの」
「それはきっと友梨奈自身が心のどこかで思ってるんだよ。だけど、理由が分からないならまだ出ていく時じゃない。考えて考えて、ちゃんと明確な理由が分かったら自由にしていいよ」
「…うん」
毎朝繰り返される会話。
友梨奈が施設を出たいと言い、私が先延ばしさせる。
このやりとりが私たちの挨拶と言っても過言ではない。
友梨奈は4歳の時からこの施設で育ち、早いもので3年の月日が経った。
友梨奈が此処へ来た当時、この場所は施設ではなかった。
人気のない、森の中の古びた1階建ての家に親を亡くした少女がたまたま辿り着いてしまった。
その少女が友梨奈だった。
私は友梨奈が過去に何があったのか一切問わなかった。
それから家を建て直して、施設にするための手続きをして、気がついたら19人の身寄りのない子供が集まっていた。
そのうち3人の子が養子となり、今は17人の子達と生活している。
私は甘えるより甘えられる方が好きだから、皆が本当の親だと思って接してくれるのはとても嬉しい。
ただ、やっぱり友梨奈は色んな意味で特別。
他の子達がぬいぐるみやお絵描きをして遊んでいても輪に入らず、部屋の隅で1冊の本を紙が擦り切れるまで読み直してる。
私とも朝の会話以外は交わそうとしない。
しゃがみこんで『その本面白い?理佐にもお話教えてくれる?』と聞いてみたが、本に集中しているのか口を開くことはなかった。
いつも1人。誰にも媚びない。
どうすれば心を開いてくれるのか、私の好奇心をくすぐる存在。
夜、皆が寝静まった頃に全員揃っているのを確認して最後に友梨奈の所へ行き軽く頭を撫でた。
「お願い…何処へも行かないで…」
本当なら私は此処にいる全員が新しい家族を見つけて幸せに暮らすことを願う立場なのに、誰一人出ていって欲しくない。
ごめんね…。だけど、皆の幸せを心から願ってる。
隣にある自分の部屋へ戻り、ソファに寝転がってロウソクの火を消す。
(おやすみ、皆)