この前、学生時代の友人と話す機会があったんです。

メンバーは一児の母、妊娠中、新婚(妊活中)。

あとは私(彼氏はいるけど結婚の予定はない)。



その中で、

「みんなの子どもと集まれたらいいね〜」


っていう一言を聞いたときに、負けたって感じてすごく気分悪くなったんです。

とても悲しいし、辛くて悔しくなった。

しかもそれが翌日になっても続いている。胸が痛いし気持ち悪くて仕方ない。




どうしてそんなことが出てきたのか?

勝ち負け世界の話なのはわかっているけれど、自分の感じたことに対して否定しないことを実践中なので

「はいはい勝ち負け勝ち負けやめよ!」

とはせずに思ったことをひたすらノートに書いて、そのまま暫く置いておいたらわかったんです。

どうしてあの瞬間に負けたと出てきたのか。




それは、

「みんなの子どもと集まれたらいいね〜」の

「みんな」の中に私がいない、と感じたこと。


あの瞬間、結婚していること・妊娠していること・出産していること、それらが前提の世界が展開されていたこと。

それに対して、結婚の予定の立たない私だけ仲間外れだと思ったこと。




私は、上記を察知して、しかもそれを負けたの一言で済まそうとしていたんです。


みんなと同じ立場で楽しく過ごしたいと思っていたのに、そうなれない。悲しい。


と、その裏では思っていたのに。



同じ立場になれない=負け、だったんです。

おそらく発言者に仲間外れの意図なんてなかったはずなのにね。

というか同じ立場になれないことなんて、いっぱいあるのにね。






この結論までたどり着いたとき、ようやく自分を労うことができました。

そして、どうしたいかをようやく考えることができました。


出てきたのは、

それでもみんなと楽しい時間を分かち合いたい。

でした。






こうして見てみると、負けたという言葉は便利なんだなと思いました。

自分の奥底で感じたことに蓋をして、攻撃対象にすり替える魔法の言葉。


だから今後も同じように負けたと出てきたら、その裏にあるものを見てみたいなと、そう思いました。

勝ち負け世界を抜けるためには、きっと裏にある自分の想いを見ていくことが必要なので。