私の父は、妻や子に対して、対等な立場で、「対話」をすることが、とても苦手な人でした。
心の中には、言葉にできない漠然とした思いも含めて、たくさんの気持ちが渦巻いているのに、自分の感情(特にネガティブな感情)を周りに見せることは、「負け犬」だと捉えていたようです。
父は、笑顔がない対話のないネグレクトに近い家庭で育ったことを、過去記事に書きました。父が機能不全家族の中で持った、思い込みの中に、「男は強くあらねばならない。長男として完璧でなければならない」があります。
この思い込みを達成するために、おそらく、「弱気な感情を見せることは、男として恥だ。」という信念を持ったのでしょう。
本来、感情には良いも悪いもありません。人間なら誰しも、悲しくなることもあるし、泣きたくなることもあるし、嬉しいことばかりではないのが、人生です。
悲しい感情も、怒りの感情も認めて、出していいのです。(出す場所や人は選ばないといけませんが…)出すことで、自分のことも、そして周りも、より理解が深まることだってあります。
喧嘩をすることも決してデメリットばかりではなく、お互いの本音を知るためには、時として必要です。しかし、感情を出すことを、✖だと捉えていると、自分に許可していないので、周りが出すことも、激しく嫌うのです。
人が生きていく上で、感情を押し込める、なかったことにするということが、後々、人格形成と精神に、多大なる悪影響を与えることは、ACの自覚がある人ならば、そのことを、経験として、痛感している点だと思います。
父や母のように、戦後の昭和世代を生きた人達は、心を大切にした教育をする社会ではありませんでした。多くの家庭が、親と子は上下関係で、いろいろな不遇な環境を、子がひたすら我慢をするのが、一般的だったかもしれません。
親自身が、健全な人格形成を経た、心身共に自立した大人であったなら、その家庭で育つ子も、健全に育つでしょうが、少数だったのではないでしょうか。
だから、父や母が、悲しくも毒親になったことは、仕方がない一面もあると理解しています。そして、そのことを当人達が自覚する日も来ないとしても、それは、父と母が、無意識下で選んだ人生です。
私は、父や母を今でも嫌いになったわけではありません。「大好きだけれども、関わることは、これ以上できない。」という一言に尽きます。
私は、ACを乗り越えていく人生を選びました。自分の心の回復とともに、冷静に、自分の原家庭を振り返るのは、人の心の仕組みを知る上で、大切だと感じています。
父ができた話は、「自慢話」と「過剰な世話焼きの言葉」だけだったんです。
いつも、「いかに自分が仕事ができるか、知識を知っているか、人より優れているか」という話を一方的にするか、大人になっても、子に逐一、子の気持ちも考えずに、やることを先回りして言うような人でした。
一見すると、優しい子ども思いな父親にしか感じないエピソードかもしれません。でも、私や兄は、毎回、心底腹が立ち、うんざりしていました。いつまでたっても、扱いは「幼稚園児」だからです。
そんなこといちいち言われなくても、自分で全てできることです。子が親に望むことは、なんでも先回りして教えてもらうことではありません。
自分の意思と考えで、物事を選び、上手くいかないことも含めて、全部、自分の力で経験していきたいのです。自分の人格、性格、自分だけの意思、思いや選択を尊重し、信頼して見守ってくれることです。
父にとっては、これが、コミュニケーションのつもりでした。悪気はないけれど、子の成長を阻む行為でした。
親の言うなりになる人生は、自分で選び取った選択ではないから、他人のせいにしがちになり、自分の人生に対する責任も育まれません。(本当は、親の意向を最終的には取り入れた「自分の責任」なのですが…。この点に気づくことは、ACを回復していく時には、必要になる視点です)
「嫌なら、嫌と言えばいい」「自分でするよ」と言えば、すむのでは?と思う人もいるでしょう。
こういうことを、自我も形成された、境界や自分軸が出来上がった段階の人がされたなら、すんなり当たり前のようにできるのです。
でも、生まれた時から、子どもの時からずっと、人格形成を阻害されてきた子にとっては、その度に、罪悪感を常に刺激されて生きてきていますから、「怒る私、拒否する私が悪いのかな」と考えます。
さらに、堪えかねて拒否の意を示しても、これが、母と同じように、子を自分と同一視、所有物、または自分の延長としてみなしているため(子を尊重する姿勢が欠落しているので、)受け入れません。顔を合わせる度に、ずっとやり続けるのです。
なんといっても、「子の為」「愛情」と心底思い込んで、「良いことをしてやっている」と信じ込んでやっていますから、拒否することなんてない、子は喜んでいるとさえ、錯覚しているのです。
「自慢話」もそうです。相手が聞きたいかどうかを、話す前に考えず、一方的に話を始めます。うんざりして黙っていましたが、今やっと理解できるようになりました。
父も幼少期の傷を抱えたままのACだから、自分に対する自信がなく、愛情飢餓欲求が無意識下に強烈にあります。「認められたい」から、自慢話をするのです。承認欲求の塊なんです。
ひとり孤独に、自分の心を押し込めて育った、心に傷を負った人間なのです。親から健全な愛情を得られなかったから、心の中は、空洞なんです。だから、子に役に立つ(つもりの)親を演じて、自分の存在意義を示したいのです。
母も同じです。「子の役に立っている」と思うことで、少しでも、自分の事を嫌いで仕方がない思いを減らし、自己重要感を持ちたいのです。
二人とも、自分の愛情飢餓欲求の為に、無意識にやっているのです。
だから、目の前の子が、何を思い、考えているかなど、尊重するつもりはないのです。自分が役に立ち、喜んでもらいたい(子にとっては、してもらいたいとも思っていない事なので、到底喜べないのに、喜んでくれるはず、感謝して当然という過度な期待と欲求を促しているにすぎません)
だから、子が示す「拒否」の意を、頑として受け入れないのです。
ありのままの自分として生きる時、その根幹部分を理解できない親とは、交流できません。
だから、私は、親が産み、育ててくれた命に感謝することはあっても、これ以上、親の奴隷として生きる道は選びません。
遠くから、見守るだけです。私は、当人達にも、その親族にも、親が「毒親」だった事実は、一切言っていません。本当のことを言っても、到底理解してもらえないし、逆に、親不孝者だとか、悪者扱いされ、事態が悪化していくだけなので、黙っています。
(事実を知っているのは、当事者の兄と夫だけです。しかし、兄でさえ、私の方がより重度で、私にだけしか見せない父や母の本当の姿を知っているわけではなく、私に「親を大切にしろ」と諭すような有様でしたから、何も言わずに去るのです。)
積年の思いを自分でひっそりと処理して、乗り越えて、物理的、心理的に距離を取り、今の人生を大切に生きています。