一昔前に、「過保護のカホコ」というドラマがありました。主演の高畑充希さんの演技が可愛らしく、共演者たちとの掛け合いも面白くて、私は当時、一生懸命、見ていました。
ドラマでは、コミカルに楽しく描かれていましたが、現実は、そのような和やかな微笑ましい事実ではありません。
いまだに、過保護や過干渉は、大切に育てられた箱入り娘、息子であり、とても幸福な状態であるという、誤ったイメージをお持ちの方が多いように思います。
機能不全家族の形態の中で、この「過保護、過干渉」引いては「共依存」というのは、周りから見たら、ただ単に「異常に仲が良い親子」にしか映りません。なので、家族内では、深刻な状況が蔓延っているにもかかわらず、救済の手は伸びません。
今現在、どの程度、過保護や過干渉、共依存の問題が広がっているのか、私には、正確にはわかりません。私は、当事者だったので、自分の経験を通して、痛いほど、事の重要さ、大変さを理解するに至っています。
当事者以外の親族にも、全く理解されませんので、非常に不透明かつ厄介で、(あえて、ここでは一旦、被害者と書きますが…)被害者は孤独な状態でしょう。
大抵の方は、大人になってから、アダルトチルドレンであると気づくパターンが多いのではないでしょうか。中には、気づかないままで一生を終える人もいます。私のように、幸いにも、第三者からの指摘で気づく人もいます。
少しずつ問題性が話題になってきているので、学生などの若い層でも気づいている人もいますね。
大人になってから、気づいた人は、カウンセリングを受けるなどのとりあえずの行動ができますが、まだ、親からの養育を受けている人達にとって、この状態を脱出したり、回復、改善する手立てを探し、見つけることは、大人より難しいだろうと感じます。(ただ、私は、私なりに思う対策法について、別の記事で書いていきたいと思っています。)
それと同時に、ぜひとも、まだ若いうちに、改善できる人達が、増えていってほしいとも思っています。早く取り組めば、その分早く、ありのままの自由で自然体の私になれる可能性が高くなるからです。
自分が幸いにも、気づいて、抜け出せて、自分主体の人生を歩んでいける人が、これからはたくさん増えていくはずです。ただ、この問題は、とても根が深く、深刻なので、(人それぞれ、深刻度合いが違いますが…)周りの沢山のサポート体制も充実していってほしいです。
それと、私はとても心を痛めてしまうのですが、自分は変わることができて救われても、周りの親や兄弟、親族との関係は、私のように、絶望的になる人もいます…。
せめて、同じ不遇な環境を生きた兄弟は分かってくれると思っていましたが、同じ環境に生きても、深刻度合いは違い、またその人の理解度は、その人によって違います。認知の歪みも、当然ありますし、回復度合いも違うことを、私は自分の体験から、痛感しました。
とても悲しいし、残念ですが、自分を犠牲にすることでしか、成り立たない関係性は、例え、血が繋がっていても、容認してはいけないと思います。
万が一、理解してくれて、変わってくれれば、それはそれは嬉しいことですが、アダルトチルドレンの回復のゴールは、原家族との和解、新たな関係性の構築ではありません(…できればいいですが…)
むしろ、自分が回復しきった先も、期待しない方が楽に生きられます。
私は、個人的には、原家族との新しい関係性は、皆無に近いと考えています。なぜなら、自分以外の人を変えることはできないからです。
理解するのも、その人が決める人生。自分を振り返って理解せず、自分以外の人を悪者扱いにし続けるだけの選択をするのも、その人の人生。
私の母のように、他者に依存したい人は、自分の力を放棄して、依存することを自ら選んでそうです。
同じ環境に生き、育ててくれたことへの感謝はあっても、だからといって、一生、機能不全家族に隷従し、自分の心を殺し続けるという義務は、ありません。
私は、ここまで言い切れるようになるまで、ずいぶん時間がかかりましたが、原家族に自分の命を削り続ける位なら、少しでも自分が楽になれる環境、考え方、自分主体の楽しい人生の時間を得て、貴重な有限の人生時間を使っていきたいのです。
自分の人生なのに、自分以外のことに使っていく人生は、あまりにも辛すぎて、私にはもうできません。これまでの分も含めて、自分を大切に生きていきたいのです。