自分の原家族が、機能不全家族で、猛毒親であるとわかっていても、

 

 私を産み、育ててくれたことへの感謝は、いつも心の中にある

 

 一緒に過ごした時間の中で、笑い合う時もあった

 

 楽しいと感じたこと、有難いと思ったこと、ご飯を作ってくれたこと

 

 部屋を与えてくれたこと、人並みの生活をさせてくれたこと

 

 感謝の数は、無数にある

 

 私の心をいつも殺して、一緒に過ごさざるを得なかったけれど

 

 過去の記憶が、全部が黒だったわけではないと思う

 

 でも、今こうやって、回復の道へと人生のコースを変え

 

 数年かけて、やっと少しずつ、少しずつ、小さなベイビーステップで

 

 本当の自分を取り戻しつつある今

 

 もはや、今までのように、機能不全家族の元での、

 

 優等生役、世話役、いないふりの役

 

 複数の役割を担った、偽りの私を

 

 前と同じ両親の「理想の娘役」として、

 

 昔と変わらぬ同じ態度で、親と接することは、とてもできない

 

 当たり障りのない範囲内で、感情がかき乱されない範囲内で

 

 スマートに大人の振る舞いをしたいと思うけれど

 

 まだ、その領域まではいけない

 

 どうしても、消化しきれない感情がある

 

 これが、今の私の現在地

 

 親を目の前にしたら、今までの、数々の心の傷が激しく再燃するから

 

 涙が溢れ出て、止まらなくなるから

 

 例え、非常識だと思われようが、怒りを露にする大人げない娘だと批判されようが

 

 もう、前のようには振る舞えない

 

 決して戻りたくないから

 

 新しい、本当の私として、軽やかにスマートに接触できる日が来る時まで

 

 私には、まだ時間が必要

 

 私が、私でいられるという体験が、自分だけの時間が必要

 

 好きで、怒りの感情が出るわけでもない

 

 好きで、親を蔑ろにしたいわけでもない

 

 娘が、どんなに困難な葛藤や苦しみを抱えていたか、

 

 1mmでも考えたことありますか?

 

 娘は非常識だと思うのであれば、

 

 両親が、娘にする行為は、常識ある大人の振る舞いだと言えるのでしょうか?

 

 私も、一人の人間

 

 親とは違う人格をもった、ひとりの人間

 

 感情を持った、痛みを感じる人間

 

 心の中で、親を抱きしめながら

 

 私の振る舞いは、心の叫びは、態度は、その時の精一杯だった行い

 

 これからの私にできることは、

 

 私のことを、しっかり大事にしながら、瞬間、瞬間を生きることだけ

 

 もう、決して、一秒でも、自分のことを粗末に扱ったりしない

 

 親から授かった命を大切に、輝かせていくこと

 

 それが、これからの私の使命です