普通に仕事して・・・
普通に結婚して・・・
普通に家を買って・・・
普通に出産して・・・
普通に子育てして・・・
普通に日々を過ごして・・・

今どき、”普通”を生きられている人はどれぐらいいるだろう。

DV鬱の生活費も入れてくれない旦那さんがいることで、
ツインレイの彼女は、”普通”が欲しいという。


我が家は、ある意味”普通”を生きている。
でもそこには愛がない。
愛がなくても表面上、”普通”を作り出すことはできる。

だけど、何も感じない。
死んだように何も望まず生きている。


ツインレイを知り、「愛する」という心を持った。
それはそれは、とても幸せな時。

”普通”があっても”幸せ”を感じるのは「愛する」ということがあるかどうかなのかな。



”普通”の衣食住、これが成り立たないこともある。
会社の倒産やリストラ、介護、子の病気やいじめ、相手のうつ病。
それが成り立たないと、「愛する」ということもできないのだろうか。

離婚すれば、養育費から何から、いろいろかかれば、
新しい生活もままならなくなるかもしれない。

そうなったら、ぶつかりあってしまうのだろうか。
起きてないことを案ずるなということもあるだろうけど、
離婚して、新しい生活をしていくためには、子供たちもいる二人は考えてしまうこと。



親世代は、どこの家庭でも我慢・我慢なんだから今を手放すなと言うだろう。

ツインレイは、それが頭でわかっていても、心が強烈に惹かれるし、
天のタイミングで二人が逢う時間ができたり、二人が障害を一緒に乗り越えること、
さまざまな不思議としか言いようのないことが起きている。

ツインレイがしんどいところはここなのかな。

全ての周りの人が幸せになり、何もかもを手に入れられるのならば、悩まなくてもいいのに。