幼少のみぎり、
頭の奥の方に強く染みつけられた、
忘れることのできないメロディーというものが、
僕にはふたつあった。

ひとつは、川谷拓三の“だけど泣かないさ”(吉田拓郎作曲と知ったのはかなり後)。
間違いなく『貫八先生』を観た時に刷り込まれたのだと思う。

もうひとつは、宮城まり子の“夢を見たの”。

-夢をみたの 夕べね
-砂丘はどこまで続くのでしょうか
-小川はどこまで続くのでしょうか
-やさしい母さん教えてくれる
-ちいさな胸に歌ってくれる
-そっとこぼした花の滴と
-ちょっぴり悲しい一番星を

便利な時代になったと思う。
この“夢を見たの”は、2010年のいま、YouTubeでしか聴くことができない。
これを探し当てたときは、本当に涙が出た。
“だけど泣かないさ”は7、8年前にCD化されたとき、即買った。
いずれも、僕が音楽を聴く時の無意識の中にある普遍的な線になっていた筈である。

今でも何回もリピートしてしまう時がある。
おそらく一生付き合いは続くと思う。

そして、頭からは決して消えることの無い大切な唄となっていた。
『爆笑問題カーボーイ』のポッドキャストを数ヶ月ぶりに聴けば、
かの“人妻枠”の復活版に驚く。

「西陽で背中がポッカポカ」→「西ポカ」さんの投稿は、やはり秀逸で、
僕の記憶では、下北沢のカフェで夫とまどろむ中、
“新品の衣服を着た若い男性などには、びた一文欲情しない”と云って、その後、姿を消していた彼女の、
2年ぶりの復活に、僕はまたしても声を出して爆笑してしまった。

「西ポカ」はやはり裏切らなかった。
この数ヶ月。
通信速度が異常に遅くなる、いや、ほとんどゼロに近い状態に陥ることが、
頻繁にある。

ストレス。
毎週欠かさず観る数少ない番組『タモリ倶楽部』の首都圏より数週遅れて放送されている今回は、
神田川分水路を巡り、暗渠への探検!!

僕の住む山国と、このような東京の大きな違い、僕にとっての違いと云えば、
それは街歩きの楽しみがあるか、否か、ということである。

東京などは住みたくはなけれども、何気なく一歩進めばそこには街があり、歴史がある。
おそらくは、散歩するための街であろうと思う。
ところが僕の住む地域は、全てを歩き尽くしても30分を要しない。
本当に狭い、そう、山峡の地なのだ。
街歩きが好きなものとして、これはいけない、つまらない。

当分、休みがとれない。ましてや連休など予定にない。
僕の散歩はしばらく、ない、ということだ。

泣くしかない。
今シーズン最後の送迎で松本の街に下りる。
約半年の冬の仕事も、毎年同じ感想にはなるが、
早い、ただただ早く月日が経っていった、ということだ。

いちいち振り返れば、重い軽いの差はあっても、
そのひとつひとつが経験となって、また来シーズンに生きてくる、のかな?

ともあれ一日、くたびれてしまったので、
今週もまた『龍馬伝』は翌日鑑賞ということにした。