
- 前ページ
- 次ページ
2025🌻SUMMER
蝉の声が去年より少ない。
私がただ聞こうとしないからか。
肌から発火するかのように
痛みを与える紫外線も
呼吸するのも億劫になるような
湯気をふくんだ風も
なぜそんなに急いでるのだろう。
もう夏を連れていくの?
小さい時から
夏はそんなに好きじゃなかった。
寝ぼけた頭を揺らして
ラジオ体操に向かう。
知らんおじちゃんたちがめっちゃ元気で
そのテンションを背中に浴びながら家に帰ると
「宿題をしないとクーラーをつけないよ〜」
母は朝食の食器を並べながら言う。
テレビはNHKの朝ドラ。
松嶋菜々子さんが出てた。
大人は良いよな。宿題もないし。
こんな綺麗なお化粧してさ。
毎日遊んでる感じで自由でさ。
ダラダラと朝ごはんを食べて
リビングで宿題を広げると
母は掃除機をかけ始める。
大合唱の蝉の声に全身にへばりつく汗。
追い立てるように、掃除機のウィィィイイン。
嗚呼、これぞ地獄。
宿題なんて1ミリも頭に入ってきやしない。
10時を過ぎると
父がお気に入りのクラシックCDを流す。
そうすると母は全窓を閉めて
「じゃあお昼の前にクーラーをつけようね」
と神様の一声を発する。
いえ〜〜〜い。
最高〜〜〜。生き返るうううう。
クーラーの風を全身に受けながら
ソファに倒れ込むと
「はい、窓閉めたからみやびは今からヴァイオリン。練習!」
嗚呼、地獄。
弟と妹を連れて惣利公園に行くと
知らん上級生がわちゃわちゃおって
意地悪もたくさん言われた。
その度に
「私のきょうだいを泣かすな」
とカッコつけて言い張って
プンプンしながら帰った。
同じ地域に友達といえる仲間も
そんなにいなかったし
3兄弟の1番上だったから
気持ち的にはいつもボスだった。
父は大学で法律を教えていたから
家には足の踏み場もないくらい本があって
特に暇を持て余していた弟と妹は
どこそこに置いてある本をよく読んでいた。
私はやっぱり、ずっとヴァイオリンを弾いていた。
そして疲れてくると
母屋続きの祖父母の家に行って
全然わからんのに一緒に相撲を観た。
祖母はいつも腰から下だけの
色褪せた紅色のチェックのエプロンを巻いて
お腹は空いてないかを聞いてくる。
そして、なんもいらんと言うのに
おむすびやかりんとうを食べさせた。
祖父は私が物心がついた時には
肺が完全にダメになっていた。
自発呼吸ができないので
鼻から酸素チューブを入れて呼吸をしていた。
チューブに繋がれているから
もちろんなかなか自由に動けない。
祖父はいつも同じ椅子に座って
ただテレビを観るか
祖母と話をするか
新聞を読んでいた。
テレビが大好きな祖父だったが
私たちがやってくると
テレビから視線を離して
私たちの顔を見て
顔をクシャァとさせて「やあ」と笑った。
何を話すわけでもない。
ただ気づけば自然に
みんながそこに集まっていた。
私はよく母を怒らせた。
勉強も嫌だったし話もめっぽう聞かんし
練習嫌いのポンコツやったから
生真面目な母の頭をよく悩ませた。
ボケーっと楽譜を見てるつもりで
全然違うことを考えていた私は
ある日、母がいないことに気がついた。
いつも練習をしている時は
眉間に皺を寄せながら私の1音1音を
聞いているはずの母が、いない。
「あんれれれ?」
LEGOをしている弟妹を尻目に
母を探す。
台所、いない。お風呂、いない。
えートイレ?は流石に覗けないけど電気はついてない。
えーーーームゥ。
聞いていると煩わしいのに
いないと不安になる不思議。
まさかと思って祖父母の母屋に行くと
いた。
マッサージチェアに横たわって
あ〃ぁ〃あ〃あ〃あ〃あ〃あ〃ぁ〃ぁ〃あ〃〜〜
と肩叩きコースを堪能していた。
え。なんで!
私練習中ですけど!と
起こそうと思ったら
いつも穏やかな祖父に
「シィイイ!!今は寝かせてあげなさい」
と止められた。
母もたまには休みたかったんだ。
そう、ここにいる時だけは
母は娘で
祖父母はお父さんお母さんなんだ。
そんなことを知った夏休みだった。
2025年。
「おぼんってなあに?」
と息子たちが聞くので
「あんたたちの大好きな曽おじいちゃんと曽おばあちゃんが帰ってくる日だよ」
と説明すると目を輝かせた。
「えっっ…じゃあ、会えるの?」
会えるよ、と私が頭にポンと手を乗せると
長男は急いでどこかに行った。
くだものをこれでもかと調達して
みんなで実家に帰ると父と母と弟が
「いらっしゃい」と笑顔で迎えた。
祖父母がいた母屋のエアコンが壊れたと母がいい
「どうしようかな…」と困っていた。
確かに暑い、お仏壇も汗をかいているように見える。
「今年のお盆はちょっと申し訳ないね」
まあ、良いんじゃない?タイミングで。
なんて話をしながらお仏壇にくだものを置いて
「よし。ひぃおじいちゃんおばあちゃんに挨拶しよね」
と息子たちに声をかけた。
「あいさつ?どうやって?」
次男が聞く。
「心の中でお話しするんだよ。きっと、会えるよ」
と私が言った。
え?
と長男が言ったがみんなの声にかき消された。
部屋を出て実家のリビングで
母が珈琲豆を挽いていると
ソファに座るやいなや
長男がポロポロと泣き始めた。
みんなが驚いてそばに寄ると
長男は声をあげて泣きながら話した。
「今日、本当に会えるんだと思っていたの…
だけど心の中で一生懸命に呼んでも
ぼくは会えなかったの
会いたかったのに会えなかったよ」
長男のズボンのポケットから
祖父母宛ての手紙が出てきた。
「ひーおじいちゃんひーおばあちゃん
やっとあえたね。
ずっとあいたかった。ありがとう。だいすきだよ」
と書かれていた。
そんな長男を母がぎゅうっと抱きしめて
「ちゃんと会えてるよ、大丈夫よ」と言った。
蝉の声が去年より少ない。
私は精一杯蝉の声に耳を傾ける。
昔は嫌いだったこの声が
無性に懐かしくてもう少しだけ聞いていようと思った。
いつか今、この日も
誰かにとって無性に会いたくなる
懐かしい時間になる。
今年もまた、夏休みが終わった。
始まった感覚もなかったのに
もう終わってしまった。
お願いだからもう少しだけ
今の私のままでいさせて欲しいと願った。
やかましいけど心から大切な小さな我が子たち。
会いたいと思ったら会える両親。
どんな時も隣にいて笑っている夫。
なんとか元気にやってる私。
大切なこの家。音楽。仲間たち。
不変的なものなんて、何一つないのにね。
分かってはいるけどね。
私も、もう一度だけでいい
祖父母に会いたいなあ。
さて。
私も、なんとかやってみますか。
新しい明日に向かって。
