今、保育士をしている私ですが、いつか障害のある子どもの保護者の支援の仕事をしたい…と思っていることについて書いています。

そのきっかけの2つ目は、数年前に仕事で「支援の必要な子どもの保護者の会」に参加する機会があったことです。
小学生、中学生、高校生、成人と成長していく中でのその時々のリアルタイムの保護者の悩み、辛さをたくさん聞き、自分の想像の及ばなかった現実を知りました。
ほぼ当事者同士の集まりという安心できる空間の中だからこそお話して下さったプライベートな内容ですので、ここで具体的にお話の内容を書くことはできないのですがあせる
そこで痛感したのが、障害のある子どもの保護者にとって就学問題がどれほどしんどいものか、ということでした。
保育園から小学校に上がるときの就学に関わる色んな辛さは子どもが中学生になっても未だに思い出したくないくらいだと言った方もいました悲しい

その後、自分の担任しているクラスの加配のお子さんの就学に関わる書類作成に携わる機会が何度かありました。

ある時、保護者の方は支援学級を望まれているけれど、保育園としては支援学校が良いのではと判断したことがありました。
その保護者の方はインクルーシブ教育、たくさんの友達との出会いを望んでいました。
集団でのその子の姿を見ていて、私を含む保育園側は、まず身辺自立がその子の為に今一番必要なのではないかと考えました。
また、その時点でのその子の発達からすると教科学習を開始するのは難しいのではないかと感じました。
人と関わるのが好きなお子さんでしたが、その反面他の子どもや職員に手を出してしまうことも少なくありませんでした。
もちろん、とても悩んで結論を出し、書類をお渡ししました。

その保護者の方とトラブルになったとか、何か問題が起きた訳ではありません。
でも、自分たち親の願いとは違う文言が書かれたその書類を受け取ったその保護者の方の胸中を思うと辛いのです。
「ああ、この人たちはうちの子をこういう風に見てるんだ」と寂しくヒンヤリした気持ちになったのではないか…それ以上は色々本音を伝えることもしたくなくなったのではないか…と考えてしまうのです。

(注意上記の「こういう風に見てる」という表現は、保護者の方の思いと保育園側の判断との間に認識の違いがあるという意味であり、特別支援学校に対する差別の意図は全くありません)

保育園としてはそれぞれの学校、学級のメリット、デメリットを考えた上でその子に合う場所に行けることが1番だと考えています。
でもそれは、当事者じゃないから、保育士側の目線だから、わが子のことじゃないからでしょ?と思われてしまうかもしれません。
保育士は働く保護者の味方でありたいと思っていますが、どうしても一番優先は「子どもたちにとっての最善の利益」なのです。
保育士の考える「その子にとっての最善の選択」がその保護者の願いと一致しないことがあるのです。
保育園としては集団のその子の姿を見ての判断をするしかないので仕方ないのですが…… 

それでも私はモヤモヤするこの気持ちをスルーするのが何だか難しいのです。
だって、保育園はその子を卒園させたら一応の役割は終わる訳ですが、その子のことをそれ以降もずっと育んでいくのは保護者です。
療育や放課後デイサービスなど様々機関と連携をするけれど、保育士だって、療育のスタッフだって仕事だからしんどければ辞めることは出来る訳です。
でも親であることはしんどくてもやめられない。
だからこそ、もっと保護者の気持ちに寄り添う存在になることは出来ないのかと。

就学のこと、最終的には保護者に決定権があるけれど、一度出た判定を覆すのには大変なエネルギーがいるという話も聞いたことがあります。
(中途半端な情報でごめんなさい。。ショック)

それに子どもはいつまでも子どもな訳ではなく、いつかは成人します。
でも障害の程度によっては、子どもが成人してもいつまでも手が離れないことだってたくさんあって…そういう辛さ、不安に「保育士」という仕事では寄り添いきれない部分を感じています。

また、とんでもなく長くなったので切ります。。