最近のワクチン接種などの報道で感じたことを述べたいと思います。
成田悠輔氏が「高齢者は集団自*するしかない。」と述べて海外のニュースで取り上げられました。
国民をグローバル資本の奴隷と位置付けているかのようなことを述べたり、実際行う政治家を目かけるようになりました。個人はそれに加担することによってしか生き延びられない社会システムに変えていこうとしているのではないでしょうか。
資本は将来の活動のための元手です。経済規模が減少傾向に転ずると、金利が0を下回りマイナス金利となることが資本の性質を象徴しております。
権力と同じく資本の本性として自己増殖があります。格差が拡大すると、資本の人々に対する支配力が増します。戦後、復興の過程で資本が社会の発展のために貢献してきました。しかし、今のような十分発達して縮小に向かう社会でも、身の丈に合わせて縮小することを拒否し、業界の連合を形成し、政治と役人を買いながら利益を生み出しております。大企業は吸収合併を経て拡大していく一方、中小企業は廃業、縮小していきます。民間企業は財政に依存するようになります。国民の負担は上昇し現在、国民負担率は、過去最高の5割ほどになっています。
国民が苦しくなった結果、人の再生産が細ってきたのですが、さらに負担を加えて少子化に拍車をかける結果になります。宗主国の意向を受け、防衛費を今年から2倍に増やす政策が国会を経ずに決定しました。今後さらに増加する見込みです。従来の防衛費は教育予算と同程度でしたので、働く人口が減っていく中で、これから国民の負担が加速度的に増していくことは必然です。
国内の少子高齢化により、消費が減少し、需要が減少する中で、需要を創造する手段として、軍事行動への期待が高まっております。しかしそれは財政をこじ開ける収奪行為となりますし、全面戦争に至れば破滅が訪れるかもしれません。日本はかつてそれを行い壊滅しました。歴史は巡ります。人間のための道具であるところの制度、施設、お金などが変質し、それに人々が抑圧される姿を見て取れます。
政治家には、本来、人々のため、公共のために活動していただきたいのですが、対立だけがあおられて、国会が機能不全に陥っております。その一方で行政側(内閣)が国会を軽視して、本来守るべき公共を資本に差し出しています。政治家、役人と民間との癒着が起きて、健全な社会を傷つけております。
一番大切なことは、「人」です。お金も制度も技術も、すべて人が自ら考え出した道具です。しかし、時に人は、人を「道具」のための「道具的存在」に転倒させてしまいます(*)。他者を支配することに執着する人は、別の他者に否応なく支配されております。独裁者の心には平穏が訪れることはありません。このまま続けば、社会も自然環境も取り返しがつかないことになると思います。
(* 戦時中のナチスに仕えた思想家のハイデガーは、人間の本質を「道具的存在」と定めました。ナチスが前代未聞の人権侵害を引き起こしたことが思い出されます。)
安倍政権以降、国会が機能不全に陥って久しくなりました。本来の政治を取り戻すことが、国民を奴隷にさせないために大事だと思います。戦争の反省から、日本国憲法に、国民主権、「国会が国権の最高機関である。」、とうたわれておりますので、その意味を大事にしたいと思います。