マイノリティや弱者にレッテルを張り攻撃を加える様子を見かけます。やられる人は気の毒ですが、攻撃欲の強い人のいけにえのような役目になってしまう場合があります。しかしそのような攻撃性を持つ人は、生産的な力に向かえば人一倍働く人になるかもしれません。
 
人は属性ではなく、これから何をするのかということにかかっています。対立する場合は発展の契機です。私は、「意見が違う場合は相手はなぜそのように考えるのかと背景に思いを巡らせて、将来のために乗り越えていくのだ」と学びました。
 
歴史の発展においても人間の日常においても、人間には問題を解決していく力が備わっています。
 
それに反して対立する人の存在を否定したり、他人を人と思わず支配する動きがあります。もしその時それによって何かが解決したとしても、人を犠牲にする限り結局は人間として敗北するのではないでしょうか。