番組の記事 | そうちゃん日記 

そうちゃん日記 

聡太郎は生後10ヶ月で拡張型心筋症と突然診断されました。
海外での心臓移植手術を目指した日々。しかし、移植手術を受ける事は出来ませんでした。
経験しなければ伝えられないことがあることを感じ、聡太郎の残した何かを伝えられたらと思います。

番組について、記事になっていることを友人から教えてもらいました。
読売新聞にも載っていたようで、教えて下さった皆様、ありがとうございます。

子供の臓器移植を考える

23日・BS日テレ 亡き1歳の闘病記

 BS日テレの報道番組「よい国のニュース」(土曜後6・00)は23日、心臓移植を待ちながら2008年末に、1歳で亡くなった男児と両親の闘病記の特集を放送する。

 日本では、15歳未満の子供からの臓器提供が認められていなかった当時の様子を映像で振り返り、現状と課題を考える番組だ。(井上晋治)

 2010年7月、改正臓器移植法が施行され、日本で子供の臓器移植が可能になった。だが、横浜市の中沢聡太郎ちゃんが、生後10か月で心臓が拡張し、全身に血液を送るポンプの働きが弱まる「特発性拡張型心筋症」を発症し、余命半年と診断されたのは08年だった。父・啓一郎さん、母・奈美枝さん夫妻は米国での移植手術に望みを託すしかなかった。渡航や手術などに必要な約1億6000万円の費用を募金活動で集め、同年12月に渡米。しかし、聡太郎ちゃんは数日後、入院先の米カリフォルニア州のロマリンダ大学病院で、臓器提供者が現れる前に亡くなった。

 同番組の山根真吾ディレクターは、募金活動をしていた「そうちゃんを救う会」の新聞記事をきっかけに、渡米の2か月前ごろから中沢家の取材を始めた。「中沢夫妻と面識のない人々までが、ひたむきに募金を呼びかける姿に驚いたのが最初だった」と取材の動機を語る。

 今回の特集では、集中治療室(ICU)での聡太郎ちゃんの姿をはじめ、記者会見や街頭で募金活動に協力を訴える中沢夫妻、米国の病院での様子や、帰国後の夫妻の法改正に向けた運動の取り組みと現在の生活までを追う。担当医の昭和大学横浜市北部病院循環器センターの富田英医師の了承を得て、ICUや救急車の内部も撮影した。ICUでは聡太郎ちゃんにストレスを与えないよう1人でカメラを回した。

 心臓の働きを助けるため、ICUで様々な管につながれて治療を受ける聡太郎ちゃんの懸命な姿は、胸が締めつけられる映像だ。「苦しがっているけど、頑張っている姿をそのまま撮りたい」。山根ディレクターの思いは富田医師や両親に伝わった。

 「子供の心臓移植で高い実績を持つ病院で待機者リストの1番になった聡太郎ちゃんは、移植を受ける確率が高かった。なのに、なぜ亡くなったのかを確認する必要があった」と考え、聡太郎ちゃんが亡くなった直後に渡米。米国の病院の移植コーディネーターや移植医へのインタビューを行った。この中で移植医が、日本に法律があるなし以前の問題として、日本人の臓器移植に対する意識の低さに言及しているのが印象深い。

 山根ディレクターは、ある時、ICUの撮影の去り際に、聡太郎ちゃんが「バイバイ」をしてくれたことが忘れられないという。「人は誰でも誰かの遺族だが、出生と順番が異なる死を考えたがらない。我が子が同じ状況ならどう考えるか、番組を機に家族で話す時間を持ってもらえれば」と話している。

 23日の番組では、中沢さん夫妻をスタジオに招き、小西克哉キャスターと、改正臓器移植法施行から1年間の実施状況や、法律とどう向き合うべきか、夫妻と同様の立場に置かれたら、どう考え、行動すべきかについて語り合う。

(2011年7月21日 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/tv/tnews/20110721-OYT8T00673.htm