1人目の出産は結構難産でした。


夜中に陣痛っぽいのがはじまったけど

私は痛みに強いこともあって


このくらいはまだ陣痛のうちには入らないよね、、

夫に気を使わせてもよくないし

と思いながら


うーん今夜かなぁ明日かなぁ、、と

はっきりしない私に

若干イラつきながら

お酒を飲みたいのに我慢してる夫に


「今日は大丈夫そうだから🍶飲んでいいよ」


といって余裕ぶっていた。


でも、その痛みの感覚がどんどん縮まってきて

これってどうなんだろ、、と思いながら

うたた寝してる夫を起こさないように

病院に相談すると、

すぐに来てくださいといわれ


夫に遠慮がちに

「なんか今から来いっていわれた💦」


と伝えるも

「は?!酒のんで寝ようとしたのに💢」



『.....』


腹の中では

『こっちはずっと痛みに耐えてこれから命懸けの作業があるんだよ‼️💢』


と思ったけど

その当時はそんなこと口に出せる関係でもなく


「ごめんね💦タクシーよぶね」


といって、渋々の夫を連れて病院へ向かった。


〜ここまでの振り返り〜



↑は私が夫に対して

『いつも嫌味を言う夫』という色眼鏡をかけて

見た視点



でも、夫の視点にたってみると


出産近い妻のためにカレーを作ってあげた。


妻はまだひょうひょうとしてるけど

自分にとっても初めてのことで

どう気遣ったらいいかわからない


ソワソワするからお酒でも飲みたいけど

今日出産となったら車をだせなくなるから我慢しよう


作ったカレーもおかわりしたし

陣痛っぽいといってるけど

痛みも大したことないって言ってるし

お酒飲んでもいいというから

今日もなさそうだな


と気を抜いたところで

突然自分を頼るわけでもなく病院に電話してる、、


で、いきなり病院に来いと言われたとかいう💢


ついイラっとした言い方してしまった、、、


でもこの一大事に

何も言わないからどんな状態なのか

何考えてんのかさっぱりわからん



こんな感じが夫視点だと思う


そして一番問題なのが

私自身の内側


変に夫に気を遣って自分を蔑ろにしてたり

素直な気持ちや身体の声をおさえこんで

見ないふりして、、


思いっきり自分を雑に軽く扱ってしまってた。


パートナーは自分の鏡だという表現を

同じような言動をとっているという意味だけで捉えて


そんなこと絶対ないわ、、、

と受け入れられなかったけど


もう一つの意味として

自分が自分自身をどう扱ってあげているのか


パートナーや身の回りの方はそれを投影してくれてるだけ


ということ


この時、もっと自分の気持ちや身体の声に耳を傾けてあげて

それを素直に夫に伝えられていたら

夫の言動もまた変わっていただろうし


夫の優しさをもっと受け取れて感謝できてたんだと思う



今離れてみてはじめてその言葉の意味が腑に落ちる