wrote in November,1996
ときどきなにかを渇望しているときがある。
何がほしいのか、何がしたいのかわからないけど。
親しい友人にも、家族にも、だれにも言えない気持ちがあって。
だれかに話したい。信頼できるだれかに。
わたしはもっと父親にちゃんと愛されたかったとか。
人に理解されたかったとか。
いっぱい傷ついてばかりいた頃、あなたと話したかった。
のびのびと手を伸ばして。
笑われてもいいから、泣いてもいいから。
wrote in November,1996
ときどきなにかを渇望しているときがある。
何がほしいのか、何がしたいのかわからないけど。
親しい友人にも、家族にも、だれにも言えない気持ちがあって。
だれかに話したい。信頼できるだれかに。
わたしはもっと父親にちゃんと愛されたかったとか。
人に理解されたかったとか。
いっぱい傷ついてばかりいた頃、あなたと話したかった。
のびのびと手を伸ばして。
笑われてもいいから、泣いてもいいから。
wrote in October,1996
ところで、演奏しているときのあなたの背中はとても厳しくて、
ときおり会場に向ける視線もちょっとこわかったりもするのですが、
でもその演奏からはあたたかい人柄が伝わって来ます。
アーティストであるときのあなたは他の何にも属することはなく、
ただあなたそのものがそこにあるという感じがするのです。
日常ではないものへのあこがれで胸がいっぱいになりました。
言葉にするのは簡単だけど、人にそういう瞬間を与えられるのは
だれにでもできることではないから、とても素敵だと思います。
あなたはプロだから、日々を共に生きる人だけじゃなく、
不特定の人たちからのたくさんの思いに支えられていることでしょう。
わたしはあなたのこれからの活躍を心から願う多くの人の中の
そんなひとりでいたいと思います。
わたしにしてみれば、今だからわかることがたくさん。
いつも今このときを大切に、過ぎ去ったことは二度と戻って来ない。
そんなあなたの言葉たちは今だからこそ、胸にストンと落ちてきます。
今のわたし、35歳のわたし。もっと変わりたいと思う。
純情で、不純で、無情で、弱くて、やさしくて、
いろんなものがごちゃごちゃに混ざり合った過去を勲章にして。
花も嵐も踏み越えていこう。
生きていくことってどんどん前に進むこと。
何かがあるたびに小刻みな約束を繰り返して。
恋人になった約束、夫婦になった約束、
そういう関係を解消した約束。
賞味期限はあるのだけど、期限切れはない。
確かなようでいて不確かな数々の約束を交わしながら、
それからどうなっていくのかはだれも知らない。
自分がどうなるか知りたい決めたいという、
人生と約束したがる気持ちは大人になるにつれて
少なくなってきてしまって、
具体的にはいろいろなものに縛られながらも心は反対に、
わたしは少しずつ解放されていきます。
これは逆行なのでしょうか。
わたしはどうなっていくのだろうと考えます。
流れに任せてお気楽に生きているようで、
実はそうでもないような気もします。
結局のところ、自分のことは今でもわかりません。
wrote in October,1996
同じ時代に生まれてきてくれてありがとう。
出会ってくれてありがとう。
想う心はくもりなく。
ますます、きれいになっていく。
あなたが、わたしのある時期にそばにいてくれたから、
わたしは、これまでやってこられました。
ますます好きになっていく。
どこからやってくるのか、恋情の不思議。
なにをするわけでもない、ただ想うだけ、ただ綴るだけの。
始めから成就させようとものではないのだから、
それは片思いというわけでもなくて。
自分の中で完結すればいい、そんな想い方もある。
誰かのことをもっと知りたくなって、また会いたくなる。
そんな風にして恋は始まるでしょう。
いくつかの恋愛を通り抜けてくると、
恋をしたときの自分が容易に想像できるから、
これから自分に起こりうる変化にも予想はつく。
そしてそれがまっすぐに育てることがままならないものだとしたら、
それは堅い種のままにしてじっと心の底に静かにしまっておくしかない。
決してときめきという名の栄養をそそいじゃいけない。
彼のステージを観にいった。ふと頭にうかんだ。
いったい彼は何のためにピアノを弾くのだろう。
主演のヴォーカリストのためか、観客のためか、
仕事として家族のためか、愛する誰かのために弾いているのだろうか。
単純なことではないだろうけど。
とても知りたいと想った。
wrote in October,1996
wrote in October,1996
昔々、とてもきれいな指をした少年がいました。
それは10代の男の子にしては、アンバランスに大人びておりました。
少女はその象徴的で美しい彼の手がとても好きで、
彼がギターを弾くときや鉛筆を持つとき、
いつもこっそりとみとれていたのです。
そのころ、少年は自分自身より大人っぽく成熟した手を
少しもてあましていました。
その手は、彼自身の完成度がやがてそれにおいついてくるのを、
機が熟すまでじっと待っていたのです。
それはジャズへの、ピアノへの情熱が、
少年をからめとるまでのことだたのでしょう。
少女はといえば、その後母を亡くし、
いろいろと不本意なことがことが起きる中ですさんでいきました。
あいまいな20代を過ごした彼女は、それでも自分なりの価値観に
たどり着き、いくつかの大きなことを学びました。
いつも今この自分にあるものは今の自分、
それ以上でもそれ以下でもないと、ほんとうに気づいたとき、
彼女はもう若くはありませんでした。
そしてずいぶん前にそんな言葉を残してくれた
少年のことを思い出したのです。
それはあのハンサムな手の少年でした。
あのころ、少女は彼の前では素のままの自分でいることができず、
かっこつけるか、おちゃらけるか。
だけど心の底の根っこの部分はよくわかってくれる、
彼はそんな存在でした。
そしてそれから20年経った今もやはり
彼は彼女を緊張感でいっぱいにさせてしまう人でした。
あのころも今もどこか手の届かない存在でした。
でも彼女はほんの幼いころ彼と心を通い合わせたことに
とても感謝しています。
だって、彼はいつまでも忘れられない想いを
たくさん残してくれたのだから。
「ミュージシャンになるぞ。もう寝るよ」
と書き残してさよならした15歳の少年は、
あの手にふさわしい純なピアニストになりました。
彼とと二人で歩いた。多分、20分くらい。
コンサートチケットを受取ることを口実に会った。
二人だけで過ごす(歩いただけ)のは、あのとき以来、15年ぶりだね。
「駅まで送る」
「電車には乗らないよ、わたし歩くの」
驚く彼に、「歩きたいの」
きっと予定が違っちゃったのに、
仕事の合間のわずかな空き時間を使って、途中まで送ってくれた。
わたしはフリー受注の仕事の締め切りで深夜労働の続いてた日。
しかも飲み会の後、きっと不細工だった。
その晩は一時大雨で、その後のつかの間の小雨模様。
彼と歩いたのはちょうどその小雨時。
彼は、わたしが差し出した傘を断った。
「いや、俺は濡れていい・・・」
少し寂しかったけど、そうだね、それで正解だったよね。
彼とわたしの間にもう一人、人が入れそうな距離をおいて歩いた。
それが一番、二人に自然な距離感だった。
話したことは、覚えている。
わたしは肉体が疲れていたので、笑い声を立てることもなかったけど。
幼いときに出会って、大人の恋愛は飛び越えて。
今もなお、彼は大好きな大好きな人。もう何十年も愛してる。
何度も卒業しようと思ったのに、何度も蘇る思い。
あの人と歩いたわずかな時間、とてもしあわせだった。