koharubi

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時々放送。まったりおしゃべり。

Amebaでブログを始めよう!
イベント中は放送してます。
放送聴けない人も参加できますが、聞けたほうが
進行がわかりやすいかと思います。

http://com.nicovideo.jp/community/co2565678

↑上記ページから「視聴する」ボタンをクリックしてください。
にこ生放送は30分で放送が切れますので、枠が終わった時は
お手数ですがもう一度トップページへ戻り「視聴する」を押してください。











基本的にはたのしく、なかよく、ね。がモットーです。
明らかな荒らし行為があった場合は予告もなく退室処理いたしますので
予めご了承ください。
http://blog.tatsuru.com/2012/11/19_1120.php

内田さんのブログで探していたページです。
何度も読んでるのに、詳細忘れちゃってるのでメモ的な意味でこちらに書きました


最近、放送はニコ生ばっかりです。よかったらコミュ登録してね↓↓

http://com.nicovideo.jp/community/co2565678




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追伸:ついったーでみつけたぎんたまの作者の回答がすばらしい。
内田樹の研究室。コミュニケーション能力についての記事がありました。

http://blog.tatsuru.com/2013/12/29_1149.php

**以下本文より抜粋**

かつて凡庸な攘夷論者であった坂本龍馬は開国論者である幕臣勝海舟を斬り殺すために勝の家を訪れたことがあった。勝は龍馬を座敷に上げて、「お前さんたちのようなのが毎日来るよ。まあ、話を聴くがいいぜ」と世界情勢について長広舌をふるった。龍馬はたちまち開国論に転じ、その場で勝に弟子入りしてしまった。龍馬を「説得」したのは、勝の議論のコンテンツの正しさではない(龍馬には勝が語っていることの真偽を判定できるだけの知識がなかった)。そうではなく、自分を殺しに来た青年の懐にまっすぐ飛び込み、その知性を信じた勝の「誠」である。

**ここまで**

この記事を読んでて思ったんだけどね、人と人が分かりあうのって、すごい労力と気力が必要なんだよね。
あたしはそれを放棄してる部分があると思う。
「どうせわかってもらえないならいいや」って思う自分と「ちゃんと見て欲しい。分かってほしい」と思う自分とが常に張り合ってる。みんなはどうなのかな?同じように思っている人もいるのかもしれないけど。

たとえば恋人や家族にだったら、自分を分かってもらうための努力は自らしてきたと思うけど、その他の部分になると途端に手を抜く。手を抜く、というか、たとえばすごい好きな人や好感が持てる相手が現れたとしても「もしかしたら相手はあたしのことなんて分かりたいとは思ってないかもしれない」という負の意識が働くため、自分からの働きかけを極力避けてしまう。
そのくせ、言わなくても、伝えなくてもこうであるという理想の自分を感じ取ってもらいたい。できれば気にかけてもらいたい。要するにわがままなのだ。

「つまり、コミュニケーション能力とは、コミュニケーションを円滑に進める力ではなく、コミュニケーションが不調に陥ったときにそこから抜け出す力だということである(内田樹)」

あたしは、それをめんどくさいという理由でことごとく放棄してきた。
そう、全部自分のせいだった。それもよく分かってる。

でも

このまま意識の底に沈んでいくと、自分が人の記憶から消えてしまいそうな気がする。その場その場で楽しい時間を過ごしていても、人は結局のところ一人なんだと、思ってしまいます。
そのために、誰かが必要だった。あたしを求めてくれて、手を差し伸ばしてくれて、世界中の皆が君の敵になっても自分だけはずっと側にいると言ってくれる人が。

でも、あたしのコミュニケーション能力では、そこまで人と深くはなれないんだろうなってことが、もう絶望的に分かって来ました。別にそれを悲しんだりはしていないんです。別に悲観してるわけじゃないし、このスタンスを変えようとも思っていない。あたしには家族もいるし、平凡だけど幸せな人生を送れていると思う。遊ぼうと言えば遊んでくれそうな友達だって・・・いるとは思う。

でも、時々何かが足りないって気がする。
それは、大事なものを失くしたようでもあり
いつ失ったかも分からないような不安定なものにすがるような
とても居心地が悪い感情で

心の奥がしんとさめていて

時々自分を壊したくなる
仮想世界、本の世界に逃げ込みたくなる

ってことで

アマゾンで買った村山由佳 著「天使の梯子」「天使の卵」読了しました。
しばらく本の世界に逃げ込んでいました。てへ


前述の内田先生の記事の追記になりますが、記事内にはとてもいいエピソードや言葉も含まれていたので2点抜粋します。

まずは以下の文章

「誤答を病的に恐れるあまり「想定外の事態」に遭遇すると「何もしないでフリーズする」方を選ぶ。
彼にとって「回答保留」は「誤答」よりましなのだ。

***
これはあるね。。。。喧嘩するとだんまりしちゃうタイプです(あたしかwww)


そして以下のエピソード

夕食の材料を買い込んでお金を払おうとすると若い男の店員に「ホレーザ、ゴリヨスカ」と言われた。意味がわからないので、「え?」と聞き返した。店員は同じ言葉を同じ口調で繰り返した。三度目で、それが「保冷剤、ご利用ですか?」だということがわかった。同じような「聞き取りそこね」は日々各所で多発していると思う。
でも、考えてみれば、このコミュニケーション不調は、客に聞き返されたときに、例えば「傷みやすい食材を冷やすために、保冷剤お入れしますか?」と言い換えれば済むことである。「冷やす」という語が先に来れば、彼の滑舌の悪い「ホレーザ」が「保冷剤」であることはおおかたの日本人にはわかる。その手間を惜しんだところに彼のコミュニケーション能力の低さが露呈している。

***
これもあるなぁ。何度聞き返しても同じ答えを何度も言う人。別の言い方であらわすという努力をしないんだね。これもあたしかwww


難しい内容を、簡単な言葉で綴れるひとに、あたしはなりたい。