魂の旅のはじまり
私は学生時代はアルバイトにあけくれ
社会人になってからも人より数倍働いた。
土日も惜しまず仕事したし
そのお蔭で表彰されたり
異例の昇進もしたし
給料もあがっていって
それが自分のポテンシャルになっていった。
十数年の会社員生活ののちに
自分で事業をしてみたくなって退職を申し出た。
上司から何度も説得され
家族にも反対されながら
だれも見方がいない中
自分で事業を始めた。
反対されていたこともあって
自営業も努力と根性で仕事をがんばった。
元来は不器用だから、なんでも集中してしまう
集中するから結果も出る。
やればできるというのを体現してきたし
やらない人やできない人を小馬鹿にしていた。
自営業も最高潮に伸びていったある時
カラダが故障した。
がん、が見つかった。
健康で人一倍体力のあった私が
まさかがんになるとは思ってもみなかった。
最初に行った病院で
「ほぼがんで間違いない、95%がんでしょう」
と言われた。
そのクリニックでは詳しいことはわからないというので
大きな病院へ紹介状を書いてくれ
希望の日程を決めた。
それはまるで仕事のスケジュールを取るかのように
手帳を開き淡々と時間を決めていたら
看護師が顔を覗き込んで
「泣いていいんですよ・・・」と言った。
「へ?・・」
「あぁ。。。大丈夫です・・」
この状況下は泣くところなのか???
言われた言葉を咀嚼しようと試みた。
まだ、自分ががんであることも
がんを宣告されたこともピンと来ないのか?
それとも、がんならがんで受け入れるしかないと
肚をくくったのか?
わからない。
自分の感情がわからない。
ものすごく冷静な自分がいたのは確かで
ジタバタしても仕方がない、
だって、がんなんだからさ・・・
それにしても「泣け」といわんばかりの看護師に
腹が立ってきた。
きっと多くの人が嘆き、悲しみ、落胆し、
こらえきれず叫ぶのだろう。
そんな弱い人たちと一緒にするな
私は稀なタイプなんだから!
いや、もしくは悲しみをグッとこらえて
我慢しているように見えたのかも?
私はこういう時
本当に自分の感情がわからない。
感情より先に思考が次の手を考えるという
癖ができていて
泣くも叫ぶもしたことがない。
韓国ドラマで大きな声を出して泣き叫ぶ姿は
脅威でしかなかった。
みっともない・・・と。
でも、あんな風に泣いてみたい気持ちもある。
なにせ
自分はいったい
悲しいのか、辛いのか、苦しいのか、
わからないから・・・
先回りする思考が
感情を見ようともしない。
冷静すぎて
事務的で
まるで他人事
なんなら”新規のトラブル案件”
みたいな感じだった。
でも、後からわかった。
こんな私だから、、、
感情がわからない私だから、、、
こんなだから、、、
がんをつくったのだ。
ここから、私と魂の旅がはじまった。
