◆はじめに
今から約10年前、私は「特異な水草の存在」というテーマで記事を書いたことがあります。
時を経てその記事を読み返してみると、当時とは違った新鮮な疑問が頭をもたげてきました。
きっかけは、『月刊アクアライフ』4月号に掲載されていた「HCO3⁻(重炭酸イオン)を利用できる水草」についての記事を読んだことです。植物の生存戦略の奥深さに触れ、かつての知見を現在の視点でアップデートしてみたいという衝動に駆られました。
あらかじめ白状しておきますが、私は決して水草育成のプロフェッショナルではありません。気が向いたときに液肥を適当に入れては、水槽を藻だらけにしてしまうようなレベルです。しかし、そんな「水草のプロではない」からこそ、一歩引いた視点から「育てやすさ」が見えるのではないかと考えています。
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◆ 【強い水草】と【弱い水草】の境界線
まず考えておきたいのは、【強い水草(育成が容易)】と【弱い水草(育成が難しい)】という言葉の定義です。これらは絶対的な評価ではなく、「どのような環境で育てるか」という前提条件によって大きく左右されます。
本記事では、特別な設備を持たない「一般的な観賞魚の飼育環境」を基準として設定します。
- CO2の添加機器は使用しない
- ソイルは使わない(大磯砂やベアタンクなど)
- 水質は弱酸性〜中性域
- 高光量なライトは使わない
- 魚の飼育に伴い、硝酸態窒素が蓄積しやすい
この「普通の水槽環境」において、生き残る水草と生理的に崩壊してしまう水草の間には、どのような決定的な違いがあるのでしょうか。植物が持つ生存戦略の視点から、その正体に迫りたいと思います。
◆前回の振り返り:二酸化炭素の固定方法の分類
ここで、前回の内容である「水草の光合成特性」と「育成の容易さ」の関係性についておさらいしましょう。
大多数の植物は「C3植物」に分類されますが、育成が容易とされる丈夫な水草の一部には、「C4植物」や「CAM植物」が含まれています。
- C3植物の弱点:CO2を固定する酵素(ルビスコ)が酸素とも反応してしまい、エネルギーを無駄に消耗する「光呼吸」が発生しやすい。
- C4・CAM植物の強み:C4植物は独自の「CO2濃縮機構」を持ち、CAM植物は「夜間にCO2を取り込み昼に利用する」という時間的分離を行う。これにより光呼吸を抑え、低CO2環境下でも優位性を保つ。
しかし、水槽環境でCO2を人工的に強制添加した場合、濃縮や輸送にコストがかからないC3植物の方が有利になります。つまり、育成の好条件が整うほどC3植物の効率が上がり、C4・CAM植物の優位性が薄れるという逆転現象が起こるのです。
結論として、先ほど定義した「一般的な飼育環境(低CO2)」ではC4やCAM植物が有利となり、本格的な「水草育成用環境(高CO2)」ではC3植物が有利になると言えます。

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【具体的な水草の分類例】
- C4植物:カヤツリグサ科(シペルス、ヘアーグラスなど)、トチカガミ科(クロモなど)、ヒユ科(アルテルナンテラなど)
- 水生CAM植物:ミズニラ科(ミズニラなど)、オモダカ科(サジタリアなど)、トチカガミ科(バリスネリアなど)
すべての種類が簡単に育つわけではありませんが、サジタリアやバリスネリアなどの「丈夫な水草」が容易に育つ背景には、これらの優れたCO2濃縮・利用メカニズムが深く関係していると考えられます。
◆重炭酸イオン(HCO3-)ユーザーの正体
C4回路やCAM型光合成が強力な生存戦略であることは間違いありません。
しかし、水槽という特殊な環境を生き抜くためのもう一つの決定的な能力が浮かび上がってきました。
それが「重炭酸イオン(HCO3⁻)」の利用能力です。
水中の二酸化炭素(CO2)は、pHによってその形態を大きく変えます。
pH6.3付近を境に、それより高い中性〜弱アルカリ性の環境では遊離したCO2が極端に減少し、その多くが「重炭酸イオン(HCO3-)」へと変化してしまいます。
植物は、二酸化炭素のみを利用する種群と、二酸化炭素に加えて重炭酸イオンを利用できる種群とに分けることができます。
ソイルを敷き、CO2を強制添加する環境(低pH環境)であれば問題ありませんが、普通の低床でCO2無添加という「普通の環境」は低pHになりにくく、CO2が欠乏し重炭酸イオンが主体となります。
ここで圧倒的な強さを見せるのが、重炭酸イオンを効果的に利用できる能力を持った水草たちです。
彼らはCO2が溶け込んでいなくても、水中に豊富にある重炭酸イオンを自ら取り込み、光合成を行うことができます。

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【重炭酸イオンを利用できる水草の例】
- トチカガミ科:アナカリス(オオカナダモ)、エゲリア・ナヤス、クロモ、バリスネリア・スピラリスなど
- マツモ科:マツモ
- アリノトウグサ科:ホザキノフサモなど
- キツネノマゴ科:ウォーターウィステリアなど
(参考:Hussner et al., 2016)
◆水草の育成難易度を左右する「光補償点」
水槽内での育成難易度を測るもう一つの重要指標が「光補償点(ひかりほしょうてん)」です。
これは、光合成による生産量と呼吸による消費量のバランスが等しくなる光の強さを指します。
光量がこの点を超えれば成長し、下回る暗い環境が続けば衰退してしまいます。
つまり「光補償点が低い水草ほど、低光量で育成が容易」となります。
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【水草ごとの光補償点の違いと生存戦略】
琵琶湖と洱海の比較研究資料に基づく、代表的な水草の光補償点の分類は以下の通りです。
・最も光補償点が低い種:セキショウモ属(バリスネリアなど)、センニンモ
・次に低い種:クロモ
・最も光補償点が高い種:マツモ、ホザキノフサモ(ミリオフィラムの近縁)
バリスネリアが弱光でも育つのは納得ですが、初心者向けとされる「マツモ」の光要求量が実は高い部類に入るというのは非常に意外な事実です。
しかし、マツモやホザキノフサモはこれを補う独自の性質を持っています。新しい芽を展開する際は、体内のクロロフィル(葉緑素)含量を自ら増やすことで少ない光を効率よく吸収し、弱光環境に適応します。そして成熟株になると、最終的には茎を一気に伸ばして水面付近を大部分覆い尽くし、自ら光源を確保して秋の優占種となります。
「マツモはどんな環境でも増えやすい」というアクアリストの共通認識は、一般に思われているように「要求光量が低いから」ではなく、実際にはこの強力な環境適応能力と「水面を制圧して光を自ら勝ち取る成長戦略」によるものだと考えると、非常に理にかなっています。
なお、自然界の研究データ(日射)と、アクアリウムの環境(人工照明)の物理的な条件(波長など)は同一ではないため、必ずしも飼育環境下において正しいとは限りませんが、一般的な水草のイメージには当てはまるものと思われます。
◆普通の飼育環境における硝酸イオンの蓄積
ここではおまけ程度に触れておきますが、植物の肥料としてアンモニアがよく知られています。アクアリウムにおいて、アンモニアは生体に対して非常に有害な物質(アルカリ性の環境下で)です。しかしながら、通常の飼育環境下では、濾過サイクルにより、アンモニアは速やかに硝酸塩に硝化されてしまいます。
水草やコケにとって、硝酸塩は窒素分として利用できるのですが、アンモニアを直接栄養にするときとは異なり、体内で「硝酸還元酵素」を使ってアンモニウムイオンまで還元しなければなりません。そのため、水草は還元にエネルギーを使わないアンモニアの吸収を優先して処理をするのです。
しかも、この硝酸還元酵素は水草の種類によって活性化の度合いが異なります。実験ではバイカモの仲間やミリオフィラムの仲間が活性能力が高く、カナダモの仲間は高濃度の硝酸塩を与えても活性が上がらなかったという結果があります。
マツモやバリスネリア(セキショウモ)といった水草は、一般的に窒素分をよく吸収する水草として知られています。しかし、ここで面白い事実があります。水草にとってアンモニア(アンモニウムイオン)は、還元エネルギーを使わずに吸収できる非常に効率の良い窒素源なのです。
一般的に、水中に一定濃度のアンモニアが存在すると、水草はエネルギーを消費する「硝酸還元酵素」の働きを抑制し、アンモニアの吸収を優先する傾向があります。ただし、この酵素の働きがどの程度抑制されるかはアンモニアの濃度に依存しており、さらに水草の種類によってもその感度は異なります。
つまり、アンモニアが存在するからといって完全に硝酸塩の吸収がストップするわけではありませんが、アンモニアと硝酸塩が混在する水槽環境においては、水草の種類や濃度のバランスによって硝酸塩の吸収効率が落ちるケースがあります。普通の飼育環境で硝酸塩が減らずに蓄積していくのには、こうした水草の「エネルギー効率を優先する性質」も影響していると考えられます。

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なお、硝酸塩過多で成長不良を起こす水草もありますが、これは硝酸塩自体の直接的な毒性というよりも、蓄積による浸透圧やイオンバランスの崩れなどが原因しているようです。
特に育成難易度が高いデリケートな水草は、元々不純物の少ない水質や、低pHによって硝化細菌が働きにくい環境に適応しているものが多く、こうした硝酸塩の蓄積による水質の変化に耐えきれず、真っ先にダメージを受けてしまうものと考えられます。
◆まとめ
これまでの考察をまとめると、「普通の飼育環境で最強の水草」の条件が見えてきます。
- C4やCAM植物であり、かつ重炭酸イオンユーザーであること(限られた炭素源を効率よく利用できる)
- 光補償点が低い、あるいは光を勝ち取る成長戦略を持っていること(低光量に強い)
- 優れた硝酸還元能力など、環境に応じた柔軟な栄養吸収メカニズムを持つこと
リービッヒの最小律を考えた場合、水槽内で不足しがちな「炭素」を他種よりうまく扱えることで、その他の栄養素も効率よく消費でき、さらに低光量にも強ければ、普通の環境で他の水草に遅れをとる理由はありません。
もちろん、これは「一般的な飼育環境」での話です。CO2添加や高光量ライト、ソイルを使用する本格的な環境ではC3植物の方が生理的に無駄がなく、逆に低pHや特定の水質変化に強いかどうかで勝敗が分かれます。結局のところ、強弱は「環境次第」なのです。
加えて、セット初期のソイルはよく指摘されるように、水質が極端な低pHに偏る危険性があります。
さらに環境が酸性に傾くことで、ソイルの中に含まれているアルミニウムなどの金属成分がイオン化し、水中に溶け出しやすくなます。そして、一般的なソイルによる水槽環境下での情報は見当たりませんが、溶出した金属イオンが植物の根を腐らせるといった悪影響を及ぼすことが知られています。
いかに「普通の環境で育成が容易」とされる丈夫な水草であっても、低pHそのものに弱かったり、こうした初期の金属毒性に対応する機能を持っていなければ、ダメージに耐えきれずに枯れてしまう可能性があることも考慮しないといけないと思います。
より詳細を知りたい方は、『月刊アクアライフ』2026年4月号をお勧めします。重炭酸イオンを利用できる水草について非常に分かりやすく解説されています。
◆おわりに
これまで水草について書いてきましたが、そもそも水草の定義というのもいろいろとあるようです。
田中法生氏の『水草を科学する』を参考に紹介すると。
- スカルソープは『水生維管束植物の生物学』という本の中で「種子(または胞子)が水底または水中で発芽し、生活環の少なくとも一時期は、抽水、沈水、浮葉、あるいは浮遊状態で過ごす」とし、維管束植物(シダ植物と種子植物)だけを取り上げています。
- クックは『水草の本』という本の中で、「光合成を行う器官(葉や茎)が、常に、もしくは1年の数週間以上、水中または水面に浮いているもの」として、維管束植物と海水性の種子植物を取り上げているようです。また加えて1999年の論文では、さらにコケ植物を水草としています。
- 著者の田中氏自身は、水草の条件として最も重要なのは「一度陸上に進出した植物が、再び水中へ進出したもの」として、「陸上植物から再び水中生活に進化した植物であり、光合成をする器官(葉や茎)が常に、もしくは1年の数週間以上、水中にあるか、または水面に浮いているもの」と定義されています。
また、大滝末男氏の『水草の観察と研究』では「維管束植物の発育が水中であるか、水がおもな基質になっているところで発生し、生活環のある期間は、少なくとも完全に水中か抽水の状態で過すもの」に加えて、「一度陸生植物として、高度に進化したものから、水中生活に適応して、形態がいちじるしく退化したものと考えてよい」と付け加えています。
しかしながら、「一般に、水草の研究はおもに生態学的な立場から研究されている」として「水草を端的にいうと、肉眼的に見える水生植物」とも説明しています。
田中氏も著書の中で「大切なのは、この定義に縛られることではありません。この定義に含まれる植物を知ることによって、『水草とはどのような生き物なのか?』という本質を理解することなのです」と解説しています。
ということですので、水草の定義というのは各人によって変わるということになります。
こうなると、天野氏や山崎氏、和泉氏など、アクアリウムの世界ではどのような定義をされているのか調べてみたくなりますが、一つの記事にできるくらいのボリュームになってしまうので、やめておきます。
いずれにせよ、ホームアクアリウムというホビーの世界においては、「水中または水面で育成のできる植物」という緩い定義でいいかと私は考えています。
◆追記
この記事の作成中に様々な文献を調べていたところ「水草研会報 #8 (1982)」に「Steemann-Nielsen (1944) は、沈水植物の生長は酸性の水中よりもアルカリ性の水中のほうが良好であることを示した。しかし、酸性の水中でも炭酸ガス量をふやしてやれば、アルカリ性の水中と同じように生長したのである。このことから彼は、pHと相関をもつ溶存炭酸量が沈水植物の生長を規定していると結論した」との記載がありました。
AIにも探してもらいましたが、残念ながら元の文献を読むことはできませんでした。
しかしながら、海外では1944年頃には、CO2添加の発想があったんだなぁと大変面白かったので、皆様に共有させていただきまして、この記事をしめさせていただきます。
【参考文献一覧】
■ 書籍・雑誌
・田中 法生『異端の植物「水草」を科学する』ベレ出版
・大滝 末男『水草の観察と研究』ニューサイエンス社
・『月刊アクアライフ』2026年4月号 エムピージェー
・『楽しい熱帯魚』(平成21年9月号、11月号)白夜書房
■ 論文・研究資料
・Hussner et al. (2016). Acclimation of photosynthesis to supersaturated CO2 in aquatic plant bicarbonate users.
・Nitrate reductase activity in roots and shoots of aquatic macrophytes.
・琵琶湖と洱海における水位変化による水質・生物群集の変化の比較研究
・水生・湿性植物55分類群の沈水状態における光合成炭素源
・Studies on the Role of Cell Walls under Aluminum Stress in Rice
■ ウェブサイト・その他
・Web版光合成事典
・C4植物同好会(C Four Plants Party:CFPP)
・Wikipedia

