こほ…、
僕の肺から飛び出す忌まわしき歓迎せざりし病の種。
僕だって、判ってる。
此の肺病の穢れを吸ってしまえば、他の皆にだって迷惑が掛かるってことくらい。
松本先生が云ってたっけ。
僕の咳が出ている間が一番危険だって。
だから、どんなに相手を突き放そうと、傷つけてしまおうと、その最中には僕に近づかせたりしないし、最新の注意は払っていたつもりだった。
こほっ、けほっ…、
敷き詰められた鼠色の綿から零れ落ちる雫達が、僕の肺の虫達を煽りたて、今日は執拗に咳が出る。
だから、今日の隊務は諦めるよりなかった。
事もあろうに、まるで聞き耳を立てていたかのように、朝っぱらから土方さんに見つかったんだから猶の事。
休んでろ、と貴方が云うのは判ってた。
云う方は容易いよね。
心配だから躰を休めろ、さっさと治してまた励みゃいい、……貴方にとってほんの僅かな休息に思える此の刻が、僕にとって何れだけ貴重かなんて知らないんだから。
だからって、真実を話してしまったなら……屹度僕は此処から追い出されてしまうだろう。
知られるわけにはいかない。
だから僕はせめてもの反抗心で、貴方に云われるより先に告げたんです。
「あ~あ、休めって云うんでしょ。云われなくともそのつもりですよ。だって、先日の寒い日に、僕ら一番組に無理をさせたのは土方さんだし。何で土方さんは風邪ひとつ引かないのかなあ~。羨ましいなあ~。」
煩えだのなんだのって、云い返してくるその声の奥に隠れる貴方の心配が煩わしくて、僕は布団に潜りこんだことに気づいたのかな。…いや、屹度、風邪を引いたことに拗ねていじけた餓鬼程度に思っただけですよね。
貴方の勘って、僕を相手にすると時折、鋭いのか鈍いのか判らないから。
…其れも長い付き合いが判断の邪魔をしているんですかねえ。
…でも今は、其の侭、僕を単なる餓鬼扱いしてくれていた方が有難いです。
夕刻を迎えた屯所は妙に静かだった。
千鶴ちゃんの足音すら今日は聞こえて来ない。…皆何をしているのだろう。
轟いた雷鳴に誘われて、僕は部屋の障子戸を開いた。
朝から降っていた雨は収まっているのに、空は光り少し遅れて雷鳴が轟いている。
肺の虫達もどうやら雷鳴に臆したらしく、今は鳴りを潜めていた。
僕は障子戸の框に背を預け、緩りと腕組みをしながら、薄暗い空へと目を据えていた。
神解けは騒ぎ立てる。
空に天候を操る鬼やら神からがいるんだとすれば、屹度祭りか何かのつもりなのかもしれない。
空が祭りを愉しめば、下界は大凡愉しくないんだけど。
とどのつまりは、浄土と下界は相容れないってことなのかもしれない。
…お生憎だね。
人の意志に関係なく、運命っていうものが定められているんなら、
僕はその運命ってのに素直に従おうとは思わない。
寝床に伏せろ、それが運命だと云うんなら、
僕は寝床を蹴飛ばして、最期の最期まで剣を振るいたいと願ってる。
叶う、叶わないなんて関係ない!
それが僕。それが新選組の剣としての在り様だから。
……僕自身が信じる僕の存在意義を貫けなくなってしまうこと。
僕が抱える恐怖があるとしたら、それは死ぬことなんかじゃないんだ。
穴が開くほどに凝視していた雲がばりばりと音を立てて稲光った。
此れから僕に起こるであろう先行きへの懸念を打ち砕いてくれるみたいに。
忌むべき下らない想いを破壊した空へと、僕は微笑みを返したのだった。