総司と金平糖 -2ページ目

  総司と金平糖

    想いの侭に転がす金平糖。

こほ…、

僕の肺から飛び出す忌まわしき歓迎せざりし病の種。


僕だって、判ってる。
此の肺病の穢れを吸ってしまえば、他の皆にだって迷惑が掛かるってことくらい。

松本先生が云ってたっけ。
僕の咳が出ている間が一番危険だって。
だから、どんなに相手を突き放そうと、傷つけてしまおうと、その最中には僕に近づかせたりしないし、最新の注意は払っていたつもりだった。


こほっ、けほっ…、

敷き詰められた鼠色の綿から零れ落ちる雫達が、僕の肺の虫達を煽りたて、今日は執拗に咳が出る。
だから、今日の隊務は諦めるよりなかった。
事もあろうに、まるで聞き耳を立てていたかのように、朝っぱらから土方さんに見つかったんだから猶の事。


休んでろ、と貴方が云うのは判ってた。


云う方は容易いよね。

心配だから躰を休めろ、さっさと治してまた励みゃいい、……貴方にとってほんの僅かな休息に思える此の刻が、僕にとって何れだけ貴重かなんて知らないんだから。



だからって、真実を話してしまったなら……屹度僕は此処から追い出されてしまうだろう。



知られるわけにはいかない。
だから僕はせめてもの反抗心で、貴方に云われるより先に告げたんです。


「あ~あ、休めって云うんでしょ。云われなくともそのつもりですよ。だって、先日の寒い日に、僕ら一番組に無理をさせたのは土方さんだし。何で土方さんは風邪ひとつ引かないのかなあ~。羨ましいなあ~。」


煩えだのなんだのって、云い返してくるその声の奥に隠れる貴方の心配が煩わしくて、僕は布団に潜りこんだことに気づいたのかな。…いや、屹度、風邪を引いたことに拗ねていじけた餓鬼程度に思っただけですよね。

貴方の勘って、僕を相手にすると時折、鋭いのか鈍いのか判らないから。
…其れも長い付き合いが判断の邪魔をしているんですかねえ。

…でも今は、其の侭、僕を単なる餓鬼扱いしてくれていた方が有難いです。



夕刻を迎えた屯所は妙に静かだった。
千鶴ちゃんの足音すら今日は聞こえて来ない。…皆何をしているのだろう。



轟いた雷鳴に誘われて、僕は部屋の障子戸を開いた。
朝から降っていた雨は収まっているのに、空は光り少し遅れて雷鳴が轟いている。

肺の虫達もどうやら雷鳴に臆したらしく、今は鳴りを潜めていた。
僕は障子戸の框に背を預け、緩りと腕組みをしながら、薄暗い空へと目を据えていた。



神解けは騒ぎ立てる。
空に天候を操る鬼やら神からがいるんだとすれば、屹度祭りか何かのつもりなのかもしれない。
空が祭りを愉しめば、下界は大凡愉しくないんだけど。
とどのつまりは、浄土と下界は相容れないってことなのかもしれない。


…お生憎だね。

人の意志に関係なく、運命っていうものが定められているんなら、
僕はその運命ってのに素直に従おうとは思わない。

寝床に伏せろ、それが運命だと云うんなら、
僕は寝床を蹴飛ばして、最期の最期まで剣を振るいたいと願ってる。


叶う、叶わないなんて関係ない!
それが僕。それが新選組の剣としての在り様だから。


……僕自身が信じる僕の存在意義を貫けなくなってしまうこと。
僕が抱える恐怖があるとしたら、それは死ぬことなんかじゃないんだ。


穴が開くほどに凝視していた雲がばりばりと音を立てて稲光った。
此れから僕に起こるであろう先行きへの懸念を打ち砕いてくれるみたいに。


忌むべき下らない想いを破壊した空へと、僕は微笑みを返したのだった。















 


嗚呼、桜の蕾、…まだ膨らんでない。
そりゃあそうだよね、今はまだ春を迎えたばかりで梅の花の頃合いなんだから。

見上げた桜木の樹齢はどのくらいなんだろう。
かなり大きくて幹も太いし、彼方此方へと伸ばした枝さえもが若い木々の幹程に太いように思う。
多くの人達を見下ろしてきただろう彼にとって、屹度此の僕は一瞬見掛けただけで直ぐに忘れる石ころのようなものなのかもしれない。

彼の太枝から更に伸ばされた枝たちに幾つもの花の蕾が眠っている。
まだ膨らんでさえいないから、深い眠りの中にいるんだろう。


「残念だなあ、少しくらいは咲いているかもって思ったのにさ」


連日暖かかったからって、少しだけ期待したのは僕の勝手だから、桜にとっては知ったことじゃないだろう。
けど、彼に聞こえるように僕は意地悪を云ったんだ。


「態々僕が逢いに来たってのに、君達と来たらまだ眠ってるんだ。此れだけ暖かいんだから、一寸くらい勘違いしてくれてても良かったのに。」


伸ばした掌でざらついた幹を撫でる。
言の葉を知らぬ桜木も、こうしてみたら何となく通じ合えるんじゃないかって。
自分自身、そんなこと莫迦げてるとは思う。
思うけど、彼等も生きてるんなら、通ずる何かがあるかもしれない。そう思ったっていいじゃない。


「…君達が咲く頃、また逢いに来るよ。その刻、今日の分も綺麗に咲いててよね。がっかりさせたら、斬っちゃうから。」


脅すと云うよりは、約束。
勿論、桜からしてみればただ一方的にされた約束に過ぎないんだから、どちらかと云えば脅しに感じるかもしれない。けど、僕にとっては誓いだった。


…誓い、ね。


なんで僕にそんな想いが湧いたんだろう。

そんなにも此の桜が咲くのが愉しみだった?

考えてはみたものの、今の心の揺らぎに触発されただけなのかも知れない。

まあ、何にせよ、僕は此の桜木に約束をした。

約束した以上、僕は其れを守るためにまた来るだろう。

僕自身にも判らない僕の此の気持ちが、此の掌を介して桜木に伝わったかどうかは判らない。
儚く潔く散ってゆく薄紅色を見上げるためにね。

幹の上で数度跳ねさせた掌を下ろすと、僕は踵を返した。



…また来るよ。咲き乱れる君の花の下で君の幹に寄り掛かって、うつらうつらと春の陽気に微睡むために。
その刻まで、おやすみ。蕾たち。



 

早朝…本当なら心地のいい朝の目覚めになる筈の、真っ青に晴れた空色の朝…。

僕は酷く不機嫌に目を覚ました。
ぐっしょりと汗を掻いた所為で、全身が濡れて気持ちが悪い。
手の甲で額の汗を拭い取りながら、不快な感覚に眉根を寄せた僕はぼそりと呟く。


「…湯浴みに行きたい」


朝とはいえ今はまだ冬だし、陽の昇り出すか如何かの頃合いで薄暗い。


かと云って、如何考えてもこんな寝汗の状態を放っておいて、一日過ごすのは耐えられそうもない。
外は寒くて火を熾すのは面倒だけど、やっぱり湯浴みをしない選択肢は有り得なかった。



布団を捲り身を起こすと、待ってましたと云わんばかりに唇を割って飛び出す止め処もない咳たち。
咄嗟に掌で口許を覆ったところで、大人しく収まってくれる利口な子達の筈もない。


けほ…っ…こほ…っこほっ…けほっ…


癪に障る乾いたしつっこい咳は、繰り返して収まって呉れそうもなかった。
面倒臭いな…、早く収まって呉れなくちゃ、目敏い誰かさんが起きてきちゃうじゃない。



…もう、彼是どのくらいの月日続いているだろう。
只の風邪がこんなに長引く筈がないことくらい、僕にだって判る。
況してや、自分の躰だ。



厭な予感が頭の片隅にあった。




もしかしたら、…いや、此れは屹度…



漸く咳が収まったものの背を丸めた侭、僕は暫し畳を見詰めていた。




…考えたってしょうがない事だろ。




畳を見詰めた侭、僕はそう心の中で呟くと、自ずと小さく鼻を鳴らすように笑いが零れた。
そう、考えたって如何にかなるわけじゃない。
喩え、もしそうでも、僕の答えは決まってるじゃないか。

そう思ったら、何となく気持ちが楽になった。
やおら立ち上がり、僕は支度をして湯浴みをすべく部屋を出る。


病だろうが、怪我を負おうが、僕のすべきことは変わらない。
護るべき人の傍に在って、護るべき人の刀で在り続けること。



冷たく張り詰めた空気が、僕の汗に濡れた躰を瞬時に冷やした。
……昇り行く朝陽は低い位置から空を紅く染め始めて僕の躰を照らし、決意の宿った僕の翡翠の瞳の中で焔のように燃えた。


……下方から燃えゆく陽の光が、空に色の層を作り始めている。
あの子が見たら、大きな目をきらきらとさせるに違いない。まるで、初めて見たみたいに頬を染めて、ね。


浮かんだあの子の面差しに頬を緩めながら肩に手拭を掛けると、僕は廊下を急ぐ。
誰かに見咎められる前にさっさと済ませてしまいたいし、何よりさっぱりしたい。

ひと風呂浴びたら、少し稽古をしちゃおうか。
だって、早起きは三文の徳、なんて云うだろう?


冷えた空気を斬り裂く刀が奏でる音色は、屹度清々しく気持ちが良くて、こんな心の靄なんかを斬り裂いてくれるはずだから__






2014.1.27 初稿
2024.3.2  加筆修正
















今朝の空気はぴんと張り詰めていた。

先日降った雪の名残が凍りついて道の端々に残っていて、ただでさえ寒いのを一層際立ててくれているように思えた。


冷えた空気で顔の表面が緊張したみたいに強張って、吐く息は白く煙って燻り、陽の光を浴びて道の所々がきらきらと反射して綺麗に見えた。


残雪は割と面倒臭い。

踏めば足を取られるし、滑るし、転べば其れなりに痛い。剣を抜くことになった折にも邪魔になるだろうし。気が抜けないな。

ま、相手も同じ条件なんだし、どんな状況下だろうと抑僕は負けないけど。




部下達を前に退屈しつつ、空を仰ぐ。

新選組の羽織の如き空色が眩しく、雲が空裾を飾ってまるでだんだら模様みたいだ。




…もしかして、君も新選組を気取りたいの?

悪いけど刀を持てないなら、例え空であろうともお断りかな。なんてね。




爪先で砂利を弄りながら、視線を周囲に滑らせてみる。


今朝は僕等一番組が巡察であの子も来るはずなんだけど...遅いな。何をぐずぐずしてるんだろう。



…足手纏いは置いて行っちゃうよ。



そう頭を過ぎる反面、『今日こそ君の父上が見付かるといいね』なーんて考えちゃってる僕がいて、…まあ、少しくらいはそう思ってあげてもいいかなあとも思ったりして。


情報は必ずしも、いいことばかりとは限らない。


あの子が今後何を知り、何を得て、今後如何なるかなんて知らないけど、少しくらい有力な話が見つかってもいいのにとは思う。勿論、綱道さんは僕等にとっても重要人物なわけだし。




…けど、あんまり待たせると、仏心が微塵になっちゃうよ。




あの子を待ちながらぼんやり考えていると、僕の名を呼びながら駆けて来る姿があった。

“お待たせしました!遅くなってすみません!”なんて必死に告げるあの子に、一寸だけ意地悪を云っちゃおうか。


鼻頭と耳先が赤い。

乱れた白い息を吐きながら、必死な顔が一寸だけ面白くって。



「悪いけど、息を整えてる暇なんてないから。

 着いて来れないなら、置いて行っちゃうよ。」





※2014.1.22 初稿※

※2024.2.12 加筆修正※






独りで居るとね、色んな事が頭を過るよ。

此処まで至る僕等の過程や僕の掌を紅く染めた様々な出来事とか、僕がこうなっても尚まだ息をしている理由とか…。



はっきりしてる事だから迷いはない。

けど、まるで確認するみたいに頭に浮かんでは僕の薄笑みの奥に消えてゆく。



僕が僕で居られる場所は此処だけ。

僕に出来るたった事はたった一つだけなのに。



してきたことに迷いはないし、此れからも迷いはしない。

なのに、今、実際に此処に在る僕は…その希望とはあまりに違う。




死病を抱える身なのだから、回復出来れば奇跡なんだろう。其れでも、僕の回復を願い近くに置いていてくれるあの人達も、何時かは僕に見限りをつけるんじゃないかな…




其れだけが怖い。





必要とされなくなる事、不要物と為る事…

其れだけ…





怖れていたって刻は流れる。

世の中が如何変わっていっても僕の心は変わらないまま。


役に立ちたい。

剣を振いたい。

新選組のため戦いたい。




僕の心は変わらないのに、其の瞬間は刻々と近づいている。


そうなる前に、僕は僕らしく僕のままで、斬り合いの中に命果てられたなら良_____!!




暴れ出した感情を抑えつけるように、僕は緩く首を左右に振った。





開いた障子から見える庭の梅の枝には、目白が一羽囀っている。

穢れを知らない漆黒の双玉で僕の様子を伺いながら。



大丈夫だよ、僕は寝床に縛り付けられてるんだから。
君を捕って食えやしない。まあ、できたとしたって食べないけどね。


きらきらと雲間から光が射して、小さな鳥を照らした。





今日は少し肌寒いかな。

身を起こしたなら、羽織が欲しくなるに違いない。



でも、こんな肌寒ささえ生の証しだよね。



一分一秒が、僕には貴重なものだよ。

ねえ、どうか、もう一度だけ力をくれないかな。


そうしたら僕は、新選組の敵を殲滅すべく奔走するだろう。もしかしたら、誰が止めようとも聞かずに___





______なんてね。







※2014.3.4 初稿※

※2024.2.12 加筆修正※