心と身体の関係として、

「注意欠陥・多動性障害」について少しご紹介します。




世の中には、原因不明の病気と言われるものがあります。

それが、今回のテーマ「注意欠陥・多動性障害」です。

これは、病名としてありますが、病気と言えるものではありません。


なぜならば、この「注意欠陥・多動性障害」は二つの点から言えるからなのです。




まず、一点目は、

心と身体のエネルギーが、他の人よりも多くて自分を抑えられないということ。




特に、現代は心と身体のエネルギーを発散させる空間が無くなっているから、なおさら子供にとっては環境が悪いですね。




このタイプの人は、活動的な性質のために、何か打ち込められる武道やスポーツ、研究対象が見つかれば一流の人物になれるのです。




第二点目は、好奇心が強いのでじっとしていられないだけ。

現代の教育スタイルに合わないだけなのです。




今の教育スタイルに合わない、また、医学的な原因がはっきりしないので勝手な病名を付けているのです。そこにホルモンなどの言いがかりを付けたり・・・


この性格への対処は、エネルギーを発散させる場所を持たせてあげることが一点。


第二点目に、適切な食生活を身につけさせること。

なぜなら、エネルギーが多いから黙っていられないというだけではなく、食生活が間違っているために「注意欠陥・多動性障害」と言われる状態をさらにひどくさせてしまうからなのです。




他にも、この間違った食生活による弊害は、「いじめっ子」「ウツの人」「性犯罪者」「殺人を犯す人」などを生み出しています。




まず、食事の比率を見てほしいのです。

朝昼夕と三食を一般的に取ると思います。その食事と間食を見ていただきたいのです。


まず、糖分(砂糖類)をどれだけ取っているでしょうか。

そして、動物性食材(肉・肉性油など)をどれだけ取っているでしょうか。




この二つが、多ければ多いほど身体をコントロールできなくなります。

ホルモン分泌が乱れ、神経系統が乱れてくるので、身体の感覚に流されてしまうのです。


特に、幼い頃に自分の心を抑える教育をされていない人には、絶対に身体の反応に逆らえないのです。




例えば、

「あれがほしい」というと、親が買い与えてきた。

「何時に帰ってきても、叱られたことがない」ということ。

「人に迷惑をかけても、叱られたことがない」ということ。


親が、親の仕事を果たすことが出来ない家庭に育ってきた人に多いのです。




このような家庭に育った子供は、エネルギーが人より多く、好奇心が旺盛であった場合、自分勝手な性格が増長され、他の人の心を傷つけ続ける人生を送るようになります。




このようにならないようにする親の役目は、「我慢すること」を教えることです。この教え方を親が知っていることが大事です。なぜなら、教え方は1つだけではないからです。多種多様です。




ちょっと脇道にそれました。


何が言いたいのか、というと・・・

注意欠陥・多動性障害と診断を受けた子供は、病気ではないということです。


その子が持って生まれた個性だということです。




ただ、今の環境には合わないから困っているというだけです。


その改善方法は、二点申し上げました。




自分の子供を「注意欠陥・多動性障害」の病気だという目で、見ないでください。


病気ではありません。




その子が持って生まれた個性です。

すばらしい個性です。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

人は、物事を知ったり、知識を得ることで認識力が高くなり、物知りになると思っている人が多いと思います。私の考えでは半分正解で、半分不正解だと思います。


というのは、物事を知ったり、知識が増えることで、自分の限界をどんどんどんどん作っていく人がいます。


「知らなければ、発想が自由だったのに」、「他の人を見下したり、裁いたりしないのに」と思うことがあります。





知るということは、何を知ったことを言うのでしょうか?




知ることで、人を裁く。

知ることで、人の意見を聞かず、自分の意見を押し通す。

知ることで、自分が正しいと思う。

知ることで、自分と同じ考え、知識を持っている人意外を仲間はずれにする。

知ることで、真実を掴んだと思う。

知ることで、自分の知らない未知の知識獲得の可能性を切ってしまう。




このようなことが、過去になかったでしょうか。このような考え方は、掴んだ知識が自分自身を小さな小さな人間にしてしまっていることの証明にしかならないのです。




知るということは、人を理解すること。

知るということは、人の良いところに気づくということ。

知るということは、自分のいたらない部分に気づくということ。

知るということは、自分が人から支えられていることに、気づくということ。

知るということは、他の人へ感謝できるということ。

知るということは、自分を許してあげられるということ。

知るということは、自分を褒めてあげたくなるということ。

知るということは、人のために、何かしたくなるということ。

知るということは、自分の心を成長させて、社会に有用な人間になるということ。

知るということは、人格が向上するということ。

知るということは、社会に対する良い影響力をもってるということ。

そして、智恵が増え、仁が豊かになり、勇気が溢れるということ。




知ることによって、大きくなるとは、このような人のことだと思います。


皆さんに、認識力の例え話をさせていただきます。




一匹のアリがいます。そのアリは、像のどこまでのことを認識できるでしょうか?

アリの見える視点、視野は、どこを見ているのでしょうか?

一匹のアリは、像の足の爪を見て、像だと思う。他のアリは、像の足のカカトを見て、像だと思う。他のアリは、少し見上げて、像の膝から下全体を見て、像だと思う。




ハチはどうでしょうか?

アリよりも視野や視点は広いかもしれません。空高くから見て、尻尾があり、足が四本あり、耳があり、鼻があると、アリより認識できるでしょう。しかし、全体の構図を描くことが出来ないとしたら動でしょうか?


自分は、アリやハチではないという人もいるでしょう。

しかし、自分がアリやハチだったりしていることに気づかない人が多いのではないでしょうか。




ソクラテスが語った「無知の知」


知ることで謙虚になる人のことをいうのではないでしょうか。




また、コップ一つ見るにしても、人それぞれ違います。

見る角度により、色の反射、曲線のカーブ、透けて見える景色など、違いがあるでしょう。


それぞれが知ったものを知識として、蓄えることは間違いではありません。


しかし、その味方がすべてだと思ったら、そこで自分の限界を作っていることになるのです。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

◆天上界やあなたの守護霊は、あなたをどのように見ているのでしょう。
 知りたいあなたに・・・!
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 心理庵“心と現実
瞑眩(めんけん)とは、「冷え取り」により、体の毒だし能力が強くなり、これまで出せなかった体の奥深いところの冷え(毒)を排出したときに出てくる現象のことです。

この瞑眩(めんけん)には、4つの反応、流れがあります。

【弛緩現象】
身体の緊張がとけてきて、しばらくすると「だるさ」「ねむけ」「倦怠感」などの症状がでてくる症状。

【過敏反応】
これまで体の機能がダウンしていたのが、機能の回復をし始めると、「便秘」「下痢」「腹痛」などを起こし始めます。その人の悪い部分から症状が、次から次へと現れることがあります。

【排泄反応】
体内にある老廃物や毒素が、解毒作用によって分解され、排出されるという症状です。
汗が出やすくなったり、吹き出物、発疹、目やに、皮膚炎などの反応が現れます。

【回復反応】
体の中の悪い部分が改善されてくると、一時的に「発熱」「腹痛」「吐き気」「だるさ」などの症状が現れることがあります。

症状の苦しさや激しさに惑わされて、不安、迷い、あせりなどで精神的なストレスをためてくると、新しい毒を造ることになり、いつまでたっても毒がなくならず体もなおりません。

「体の中の毒がなくなっていっている最中なのだ」と喜びながら耐えていくことが大事です。

時には、吐血しているような症状もあります。また、女性ならば大量の不正出血のように現れることもあります。

*瞑眩(めんけん)現象の場合、体内から出血しているように見えても、血液検査をすると以上が見られないと言います。

「万病を治す冷えとり健康法」より

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
今回は、

自分の生活している空間を

スッキリ、

心地良く、

安心して、

ゆっくり、

快適に


暮らす秘訣の一つをご紹介します。

断捨離、お片づけで、

皆さんが、

モノを捨てられない理由に

“ あれを捨てなければ、よかった 

ということがなければいいなぁ。

こんな気持ちがないでしょうか?

“ 捨てて後悔したくない ” 

“ また、買わなければならない 

“ 同じものが買えるかな? ”


という気持ちです。

たとえ、

そのモノが、

一年以上、使っていなくても、

昨年、一度も着ない洋服でも、

見たら、ホコリまみれでも・・・。

なぜ、

“ あれを捨てなければ、よかった ”

ということを心配するのか?

考えてみて下さい。

使っていないものです。

そのモノにどんな気持ちがあるのでしょう?

“ 高かった! ”

“ もったいない ”

“ まだ、使える 

“ いつか使う時が来る ”

“ せっかく、もらったものだから 


こういった様々な気持ちがないでしょうか?

でも、

お部屋をキレイにしようと考えるまでは、

無視してきたものですよね。

その間、

そのモノは、

どんな気持ちでいたのでしょう?

忘れ去られているのが、

自分だとしたら、

どんな気持ちになりますか?

これまで、

使ってこなかったのは、

そのモノに愛着がないからではないでしょうか?

モノは、

大切に使われることで、

使う人の心を育ててくれます。


残念ですが、

これまで、

一緒にいてくれたことに対して、




と感謝をして手放すことをお勧めします。

たとえば、

まったく使っていないコーヒーカップに

“ 今まで一緒に生活してくれてありがとう ”

と感謝をして手放すと、

次には、

本当に大切に使いたいコーヒーカップと

出会うことができます。

一緒にいたのに、

目もくれてこなかった存在に、

“ 父と母 ”

が一般的にあります。

“ いるのが、当たり前 ”

“ ご飯が出てくるのが当たり前 ”

“ お小遣いをもらえて、当たり前 ”


自分のために一生懸命、

やってくれていた両親同様、

モノを扱っていることがあります。

それが、

人生の悩みや問題の原因になっていることがります。

父と母に
ができると、

これまでに見えなかった父母との幸せな時間が入ってきます。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
この考え方は、時代錯誤であることが、理解できるでしょうか?

日本が鎖国しているならば、良いでしょう。

しかし、日本は世界へ門戸を開いている。

この考え方は、平和ボケならぬ、令和ボケ !

政治家、選挙の候補者による「中国政府の覇権行動」を批判する声や政策、いわゆる「反中政策」は、中国のご機嫌を伺っている売国民や中国政府にとって、面白くないものでしょう。

中国政府は、中国国民に「言論の自由」「出版の自由」「結社の自由」を与えることを禁じています。

これらの自由を与えることは、「信教の自由」を与えることにつながるからです。「信教の自由」は、現在の中国政府が一番、国民に与えたくない自由なのです。

欧米において、「言論の自由」「出版の自由」「結社の自由」は、「信教の自由」から生まれていると言われています。

共産主義、左翼主義には、自由がありません。
もともと、自由は民主主義の考え方から発生しているからです。

そして、民主主義は、神を信じる人たちから出ているのです。

神を信じられない人、神を否定する人に民主主義は理解できないのかもしれません。

日本もまた、現在、神仏を信じる人が少なくなり、民主主義の国ではなくなり、中国や北朝鮮と同じ国に、国民になっているのかもしれません。

だから、左翼的な「脱原発」や「消費税増税」、神を信じるアメリカより、神を否定する中国に有利になることを平気で語り、行動する人が増えているのでしょう。

2012年の衆議院選挙が、2009年の繰り返しにならないように感情的にならずに、浅はかなマスコミ(コメンテーターなど)の情報に騙されないようにしたいものです。

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2012・12・09作成