ラジオ話芸人・日高晤郎さんへの手紙

ラジオ話芸人・日高晤郎さんへの手紙

2018年4月3日にご逝去された日高晤郎さん。
1年が過ぎ、心の整理も付きました。
なので1ファンとしての、晤郎さんとの思い出を綴っていこうと決めました。
私から、天国への晤郎さん宛ての手紙として。

昭和62年から聴き始め、平成8年位から書き始めた日高晤郎さんへの手紙。
なのでかれこれ22年、投函し続けておりました。
平成25年からは、晤郎ショーが生み出されるSTVラジオ第一スタジオにも、たまに、、、。
平成30年3月24日、晤郎さん最後の放送となったスタジオにも居りました。

時間が経って薄れていく記憶が切なくて、個人的な視点での晤郎さんの思い出をブログにアップしていくつもりです。
写真は1万枚程あるのですが、肖像権とか良く分からないので、無難な物を選んで少なめに載せていく予定です。ご了承くださいませ。

又、此処はあくまで1ファンである私の、晤郎さんへの思いを綴る頁でありますので、至らない点など多々あると思います。
そこもまた、ご了承くだされば幸いです。

昨日三月二十四日火曜日。
この三月二十四日というのは、日高晤郎さんが最後にSTVラジオの第一スタジオに立って、日高晤郎ショーを放送した最後の日でした。

あれからもう八年が過ぎました。
そう、八年前の三月二十四日は、土曜日だったのです。

 

早いですね。

 

そういう記事を表ブログにアップし、しばらく色々と偲んでいました。

 

そこから、そうだ明日の分まで記事を書いておこうと思い立ち、まぁ少々空き時間が出来たからですが。
STVテレビのどさんこワイド朝が今週で終了することと、その件に関して感じた晤郎イズムについて一本書き上げ、今日の投稿になるように予約投稿した、、、つもりだったのですが。

 

なんと即投稿になっておりまして。
そのミスに気付いたのが、六時間後の昨日の夕方。

それで六時間もアップしておいた記事を、今更ながら今日分に予約投稿し直したのです。
歳をとると、こういう凡ミスに気付きませんね。

まぁどうでもよい事ですが、こういう失敗を、まぁ気にしない気にしないなどと冷静に過ごしている私ですが、内心は、ああ失敗しちゃったようぅぅなどとウジウジいつまでも気にしているのがA型の特徴でありますね。

 

ああ、裏ブログでこういうウジウジしたプチ告白をするともうそれで全て終わったような気分になってしまうのは、私の中を流れるO型のせいでしょう。
うふふ、こういうのは得な性格ですよね。