最近、自分の気持ちを言語化することを怠って、どんどんどんどん脳みそがツルツルになっている気がしたので、久しぶりにアウトプットというか、頭の中の事を整理したくて、また文章にしようと思いました。


大学との友達と向かう深夜バスの中。深夜1時半。眠くないおれ。

物思いに耽ってくださいと言わんばかりのシチュエーションで、今回書こうと思っているのは、誰かへのラブレターであり、みんなへの果し状であり、自分自身の説明書であり、25歳の人生の宣誓書です。


生きることって、どんなことだと思いますか?

僕が人生で1番心に留めてる曲で、Aqua Timezの「生きて」という曲があります。

誰しもが生きる意味とか考えたことあると思います。かくいう俺も何度も何度も考えてぼんやりとした信念を持って生きているつもりですが、この曲のワンフレーズに僕の信念とおおよそ合致している歌詞があります。


誰かを想い淋しくなること

それほど人を好きになれること

会いたい人がいるということ それがもう

逢えない人だとしても


僕は生きる意味って誰かに会うことだって思ってます。理由はなんだってよくて、友達に今日あった事を話したい。久しぶりにじいちゃんばあちゃんに顔見せに行きたい。あいつ何してんだろって気になったから久しぶりに飲みたい。どんな人か興味あるから会ってみたい。ほんとになんでもよくてその会いたいって興味というか原動力が自分が生きる意味だって思って生きてきました。

だからなるべく、その時会いたいなって思った人にはなるべく声をかけるようにして、色んな人と会う人生にしたいなって思ってます。


その中でも特別な存在が家族だと思います。

息子娘の顔を見たいから仕事早く帰りたい。

喜ぶ嫁の姿が見たい。今日あったことを話したい。ちょっとお出かけしたい。気心知れてるから一緒にいたい。そんな小さい会いたいが溢れてて生きる理由の永久機関です。


そんな関係に特別な会いたいを抱く存在が家族以外であとは恋人だと思います。でも、家族の会いたいも恋人の会いたいもだんだん当たり前になって、会えなくなってから初めて生きる意味になってたなって気付くと思います。


覆水ってのは盆には返らないので、もう会えないんだろーなって思ってるし、幸せになってほしいなとも思ってて、ずっと会いたい人でいてくれてありがとうと思います。少しずつ会いたいという気持ちに折り合いをつけて、どんどん別の道にみんな進んでいくんだなって、実感しています。


一緒にお散歩したいとか、コーヒー飲みたいとか、お喋りしたいとか、そういう大事な人との小さい会いたいをもっと大事に大事に積み重ねていける人になりたいと思います。


あと、他の人にとって、会いたいと思ってもらえるような人間でいたいと思います。何してるのか気になるから会いたいでもあいつといたらおもろいから会いたいでも、興味深い話聞けるでもなんでもいいので誰かにとっての会いたい人に自分がなれてたら、誰かの生きる意味になると思います。みんなに会いたいって思ってもらえてるといいな。


1人でいると、だんだん人に会うのが億劫になって、誰にも会いたくなくなって、死にたくなってしまう時があります。世の中に必要とされてない気がして、誰に会っても拒まれる気がして人に会いたくなくなる時があります。


自殺する人のほとんどがそうなんじゃないかなって思ってます。家族に合わす顔がなくなったり、友達が信じられなくなったり、自分が恥ずかしくて誰にも見られたくない。みたいなそんな気持ちでだんだん誰にも会いたくなくなって、いなくなろうって。

そんな時はとりあえず誰かに会って、もう一回会いたいなって思えたら、抜け出せるって知ってます。


なのでみんなもっと会ってお話ししたほうがいいよ!って思ってます。


僕はもうすぐ転勤で地方に行くので東京の人とはなかなか会えなくなりますが、みんなに会いたいと思って頑張ろうと思うので、誰かにとっても会いたいって思われる人であるといいな。


だんだん何言ってるかわからなくなってきたのでこの辺で終わりにしようと思います。


Aqua Timezの「生きて」マジでいいからみんな聴いてくれよな。


アディオス!