ジャッジをやめたことによって
ものすごいお宝を
手に入れたんですよね
それは
自分は
どんな美学を持っていて
この世界を
どう生きていきたいのか
が
明確になったことだ
ひとには
どうしても譲ることの出来ない
大切にしている価値観があって
ぷダイヤ、中二病は
その
大切な価値観を守るために
ジャッジしている
ということ
そんなの
大切にしている価値観を
堂々と守ればいいしゃないか!
と思うかもしれないけど
ぷダイヤには
それを
守れるだけの力がないんだよ
弱いから
雑魚いから
だから
ぷダイヤの自分よりも
さらに弱い人を見つけてきて
その人を指差して
あーだこーだ言う
そうすることで
その価値観を守ろうとする
それしか出来ない
ってことだね
私には
努力している人は
ダサい
というジャッジがある
努力したり
頑張っている人を見ると
才能がないから
努力するしかないんだ
可哀想
と思ってしまうのだ
だから
私が努力すると
それを見た周りの人が
私を
才能がない
可哀想な人なんだ
と指差して
バカにするだろうと
思ってしまうので
私は努力や行動をすることが
出来なかった
他人から
可哀想と思われたくないから
私は今
毎日筋トレ・ジョギングをして
身体を動かしている
努力は可哀想ジャッジ
を捨てたから
毎日外に出て
走れるようになったのだ
じゃあ
今や近所の人から
あら!みさきちさんたら。
あんな
チャンポランヘラヘラしているように見えて
本当は、毎日地道に走って
努力を積み重ねているのね!
素晴らしいわ!
と褒められ
注目されたいのかといえば
それは
ぜんっっぜん嫌!!
やめてくれ
こっち見るんじゃないよ
ほっといてくれ
と。
ジャッジが強かった頃と
同じように思ってる
そこは
変わってない
そう、これ。
価値観だから
変わらない
んだよ
私は
努力している姿は
人に見せないほうが美しい
という価値観を
持っていて
それを
大切にしたいんだよね
これが美学だ
ひとが
とても大切にしていて
守りたい価値観
イコール
美学
努力や行動を
周りの人に見てもらって
それを褒められたり
努力できること自体を
自慢したっていい
人それぞれだし
そうあることで
力になる人だっている
頑張るひと可哀想ジャッジを
捨てた今はもう
それをしている人を
可哀想だと思わない
ただ私は
努力は見せないほうが
かっこいい
と思っているので
出来るだけ
ジョギングは
バレない時間にやりたいし
毎日こっそり
5時台に起きている
努力をするのは
ダサい人間がすることだ
は
たしかにジャッジではあるけど
努力を見せないのが美しい
という
考え方の本質(価値観)から
大きく逸脱しているわけではないのだ
これが
ジャッジ=美学
という
方程式の中身だよ
ジャッジを捨てることができたら
あなたの大切にしたい美学が
きっと明確になる
今日はここまで
みさきち
ジャッジ・動けない・面倒くさい…
ぷダイヤや中二病の色々を解決したいなら
ナチュラルボーンダイヤのみさきちに
じゃんじゃん質問・相談しなされ!
待ってます!