"自信があって当たり前"の状態に自分を持って行くという事を
「よっしゃー!!オレすげー!!」
「絶対できるに決まってるわ!!」
と鼓舞に鼓舞された状態と捉えると足をすくわれてしまう。
それは言うなれば日々呼吸ができている様な
家に帰ればひねった蛇口の先から水が流れる様な
きっとそんな感覚。
そこにはこれっぽっちの驚きもないし、
それどころか普通は特段意識をする事でもない。
むしろ、それが叶わなかった時、
酸素が薄くなったり、蛇口から水が出なかった時
人は、感情的に、情動的になる。
「ヤバい、全然息できないんだけど…」
「えっ!?…なんで水でないんだよ!!」
ツアー優勝が当然のタイガー・ウッズが
負けてコースで露わにする怒りはおそらく
これに近いものなのだろう。
とすると、自信がある状態を当たり前にしようとする時
僕らは自信を意識してはいけないという事になる。
じゃあ、どうやって当たり前の自信を身につけるのか?
その為の想像力、環境の変革だ。
自信満々になっている自分をリアルに詳細まで思い描く
大切なのは、そのときの表情、声色、姿勢、
容姿、服装、そして置かれている環境の状態
つぶさにリストアップができたらあとは
その表情、声色、姿勢を真似するだけ。
容姿や服装や住環境が変えられればなおいい。
表情、声色、姿勢は¥0でできるというメリットが
容姿、服装、環境は一度変えれば強制的に
変化の中に身を置けるというメリットが
それぞれある。
ここで大事なのは、それを
「ただ淡々とこなす」ということ。
付け焼き刃のヘタな意味付けよりも
変化した環境の方が強力に自身に作用するから。
引っ越したり、アドレス消してみたりしても
なにか思ったような効果が感じられなかったのは
そこに「これをしたから大丈夫」とすがる気持ちが
あったからかもしれない。
そこから潜在的に
「あ、まだすがってる。やっぱりオレって自信ないんだ。」
と暗示してしまっていたのかもしれない。
「淡々とやる」
幸か不幸か、新しく雇われる事も決まったので
ちょっと淡々と演じてこようかな、
そんな事を考えながら、
くら寿司に行って、今はお腹いっぱいです。
ごちそうさまでした。
