日付変わって、翌20日。
昨夜の診察は曖昧模糊としていた。
宿直の先生(専門外)のため、詳しい診断はしにくいとのこと、
「レントゲン見ても骨きれいやから折れてないと思うんですけど……明日の朝また来てくれますか、明日は整形外科のセンセいますので。こまい骨が折れてる可能性もあるんでね」
なんとも頼りない。
痛む腕をおさえ、川見青年は予報通り降り出した雨の中とぼとぼとと家路についた。
「前輪に巻き込んで壊れたビニール傘、あれどこ捨てたんやろ」ふと思い出した。
昨夜と違い院内は、大勢の患者で込み入っていた。
玄関横の保安詰所をのぞいたが、例の老人の姿はなかった。
そもそも「保安詰所」のプレートが「応接間」にすげ替えられていた。
どういうことやろ、なんや狐にでも化かされた気分や。
そういえば昨夜の老人の顔は少し狐に似ていた。
どんぐり帽子は尖った耳を隠すため、ドクターコートは長い尻尾を隠すため。
川見青年は一人空想にふけり、ニヤニヤしながら名前を呼ばれるのを待っている。
「川見さん、どうぞー」今日は保険証を提示したので名前は間違えられていない。
「よろしくお願いします」
「えーと、昨日の晩来たんやてな」七十近い恰幅のいい好々爺の先生だった。
あちらが狐なら、こちらは狸親父だ。
なんだか愉快になってきた。
「う~ん、骨は大丈夫そうやねんけどな」狸先生がレントゲンに見入る。
「でも先生、手え動かすと骨がポキポキポキポキ鳴るんですよ、ほら」痛い腕を無理して動かし、見入っている先生の耳に寄せた。
「ここは、ちょっと怪しいねんけど……」
「先生、先生、患者さんが」横にいる看護師さんが注意を促す。
「ここの角度から見たらどうやろ……」狸先生はレントゲンに夢中のようだ。
「ね? ポキポキ聞こえません? 先生、先生ってば! ほらポキポキ!」川見青年がポキポキポキポキうるさく言っていると、やっと先生が気付いた。
「うわっめっちゃポキポキいってるやん!」大仰に驚いてみせる。「ちょっと一回外の廊下出て待っといて、整形外科のセンセ隣におるから相談してもっぺん呼ぶわ」
あんた整形外科ちゃうんかい!
デジャヴを見ているようだ。
今度は隣の部屋へ入った。
眼鏡をかけた壮年のこざっぱりした先生が、川見青年のレントゲンをパソコンで拡大して睨み付けていた。
「ああ、ここ剥離骨折してますね。ほら、ここかけてるのわかるでしょ」
え、骨折?
するとそこに狸先生がやってきた。
「センセ、あのポキポキいうやつなんやった? スジ?」
「あっ院長先生、靭帯損傷ですね。折れた周辺が腫れてスジに当たってるんでしょう」
え、靭帯損傷? てか狸先生、院長なんかい!
「じゃあ川見さん、ギプスつけるんで、そっちの台の前に移動してください」眼鏡先生が席を立つ。
捻挫したくらいだろうと高をくくっていたのに、なにか大事になってきた。
「これ、どのくらいで治るんですか?」
「まあ、最低一か月はかかるでしょうね」眼鏡先生が自分のシンボルを中指でクイッと上げる。
「ギプスが固まるまで、ちょっとの間じっとしといてくださいね」
まじかよ……。
落胆する川見青年の横に狸先生が笑顔で近寄ってきた。
「靭帯は痛み取れんぞ~治ってもポキポキはずっと鳴るかもよ」
嫌なことを言いやがる。
「ほら、ワシも右ひじ音鳴るやろ」狸先生が腕を寄せてくる。
「は、はあ」
「聴いて聴いて、ほらこっちも鳴るねん」なにやら嬉しそうに左腕も近づけてくる。
「ほんまですね」
「なっスゴない、両方やで両方」と左右の腕と腰をクネクネさせている。
「腰のクネクネはいらんやろがい!」と心の中でツッコミをいれた。
冷静に、太ったお爺さんが目の前で両腕の骨を鳴らしながら踊っていると意識した途端、
笑いで吹き出しそうになったのでこらえるため下を向いた。
狸先生は川見青年の反応がイマヒトツなのが悔しいのか、今度は耳に自分の顔を寄せてこう言った。
「これだけちゃうぞ、あごも鳴らせるねんぞワシ!」とポキポキ下あごも鳴らし始めた。
川見青年は辛抱堪らず「なにやってるんすか!」と腹から笑った。
すると狸先生は「これはただの顎関節症」ともっとおおきな声で呵々大笑した。
眼鏡先生は笑っていなかった。
看護師さんも笑っていなかった。
なんだかよくわからないけど、腕が折れて痛し難儀だけど、川見青年は愉快でしかたなかった。
本日のエンディングテーマ![]()
http://www.youtube.com/watch?v=L5IhJtf5ehc
NUMBER GIRL「OMOIDE IN MY HEAD 」

