夏目漱石は、朝日新聞に入社したことがあります。その経過は、どんなものだったのでしょう。
ウィキペディアでさっそく調べてみました。
そのウィキペディアから引用しました。
1907年(明治40年)2月、一切の教職を辞し、池辺三山に請われて朝日新聞社に入社(月給200円)。
当時、京都帝国大学文科大学初代学長(現在の文学部長に相当)になっていた狩野亨吉からの英文科教授への誘いも断り、本格的に職業作家としての道を歩み始める。
同年6月、職業作家としての初めての作品『虞美人草』の連載を開始。
執筆途中に、神経衰弱や胃病に苦しめられる。
1909年(明治42年)、親友だった満鉄総裁・中村是公の招きで満州・朝鮮を旅行する。この旅行の記録は『朝日新聞』に「満韓ところどころ」として連載される。
とありました。
この文章から、夏目漱石は、神経衰弱や胃病に苦しんでいたのが、わかりますね。
夏目漱石入門
