蘇生.net-blog-松島


この度の震災で松島瑞巌寺はどうなったのかと思っていました。私の数少ない東北の旅の思い出の場所です。そんな時下記のようなブログ記事を見つけました。


 ◎奇跡の別天地

松島の禅寺
瑞巌寺 は、松島の海岸に面して立地しているにもかかわらず、地震の被害も白壁にひびが入る程度。津波の被害も、本堂につながる約180メートルの参道が泥で覆われた程度で、むしろ、瑞巌寺の修行道場が、震災当日には観光客や住民約300人の避難場所として提供され、被災者の寝泊りのほか、温かい食事までが提供されたという。

江戸時代の古刹は、大体が軍事拠点として用いられることを想定しているものだが、瑞巌寺がほとんど無傷であったのも、
伊達家がこういう天災地変でも被害が少ないだろうことを言伝えなどで承知して立地していたからこそと思われる。

松尾芭蕉 が、「おくのほそみち」で、松島に立ち寄った時に、折から出た月が海に映って、昼の眺めとはまた変わった趣になった、海岸に戻って宿をとると、2階の窓が海に面しており、「風雲の中に旅寝するこそ、あやしきまで、妙なる心地はせるれ」と、その素晴らしい風景と雰囲気を絶賛した。

今また大震災の後に訪れれば、ガレキ累々の浜また磯の連なりの中の奇跡の別天地とて、また格別の妙なる心地がするだろう。
雲居和尚 の遺徳を思う。
(瑞巌寺は4月10日から拝観を再開)
 

http://blog.goo.ne.jp/naitoukonan/e/101c5bb40a230bcdac6eadf2bf8d7911





  私が子供の頃住んでいた大阪市内の住居について、祖母が「この辺は土地が高いし、地盤が強いから地震や風水害には強い」と再々言っていたことを思い出しました。


 昔の人達は、住まいを決めるときに災害に強いところを選んで決めたと言うことの身近な例ですが、古い寺院や神社なども土地柄のよい所を選んで建てられたことで、長く残ったということなのだと事実が語っています。火災や戦争で燃えてしまった所は別として。