All is well in my world 全てはうまくいっている
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そこで、みちるさんが「ちょっとそんなのかわいそう!お父さん黙ってその子おいて行っちゃうなんてひどいよ!大人のパタリロさん、その子のそばに行って助けてあげて!1,2,3、はい!」と手を叩くと、大人の私は子供の私小パタリロのそばで、顔を覗き込んでいました。泣いていいのか、泣くべきではないのか、まだ小さいのに葛藤してる自分。ああそうだ、いつも父は背中を向けていた。一番傍にいてほしいときほど、背中を向けていた。実際手術後、熱でうなされていた私を母に託し、自分はさっさと家に帰ってしまっていた。そんなことを思い出しながら、みちるさんに言われるまま、父を呼びとめ、振り向く父に「どうして行ってしまうの?どうして向き合ってくれないの!いつも傍にいないじゃない!お母さんに全てまかせっきりで。」声を張り上げていつも言えなかったことをいう私に、父は顔を赤くして怒りさらに歩くスピードを上げて去って行った。

わたしと小パタリロは手を取り合って泣き、これからは私が何があったも子パタリロを守る約束をしたのでした。

目を覚ますと、私の顔は涙でぬれていました。普段強がって泣かなかった自分。いつからだろう。子供の時は泣き虫だったのに。私はこれからは泣きたいときに泣こう!と決めました。今思うと、これはインナーチャイルドとのであいだったのです
思えば幼いころから自分の前世に興味があった。大学生の時、空港でブライアン
ワイス博士の「魂の伴侶」を読んで、催眠療法があることを知った。数年前、当時付き合っていた彼との将来のために、自分を改善したいと思い東京のあるドアを叩いた。それが、私とみちるさんとの出会い。 

催眠療法を始める前に、みちるさんは潜在意識がどういうもので、どう働くのか、詳しく丁寧に話してくれた。そして、まず一回目。お試しに、私の人生を振り返ってみた。 大学生の時。高校生、中学生。そして小学5年生の時の合唱コンクール。楽しい思い出を思い出すはずが、適当で気ままな性格がここでもでて、父との悲しい思い出を再体験。私の父は、厳しくて

感情を、とくに愛情をあらわすことがとても苦手な、第二次世界大戦終戦中に生まれた典型的な日本男児。子供のころ、漏斗胸のせいで病気がちだった私にとって、とても怖いお父さん。10月のある日、クラスメートたちと放課後、合唱コンクールで歌う歌を、音楽の滝田先生と練習していると、どこからともなく父が表れて、漏斗胸のしゅじゅつのための手術がきまり、すぐに入院しなければいけないと、担任の先生に告げたのでした。私は子供のころ歌が好きで、合唱コンクールをとても楽しみにしていたし、何より皆で練習することが楽しくて仕方なかったので、このいつか来る、と思っていた大学病院からの電話が、とても悲しかった。それを感じた父は、私に声をかけることなく、一人帰って行ったのでした。遠のいていく父の背中を見つめながら、一人取り残されてどうしたらいいのか、とても心細くぽかーんとしている自分。。。