「レコード大賞」の都市伝説っていくつあるんでしょうね(^_^;)


今回は1989年(平成元年)のお話。


昭和から平成へと変わったこの年。

あのアイドル事務所は光GENJIの連覇を狙っていた。

前年に昭和最後のレコード大賞を「パラダイス銀河」で受賞し

勢いは続いていた。


ところが、平成元年のレコ大は美空ひばりさんが受賞すると聞いたジャニーズ側は

「ひばりさんが獲るのならば…」と辞退する形になった。

ジャニーさんはひばりさんが大好きであった。

故人が受賞した例はなかったが

ひばりさんなら誰もが納得した、はずである。


さて、大晦日。

プレゼンターとして現れたのはヒガシこと東山紀之。

年明けの正月時代劇の主演を勤めるのでやって来た。


そして日本中の視線が集まる中でヒガシが読み上げたのは


Wink   の名前❗


びっくりびっくりびっくり


「淋しい熱帯魚」は確かに大ヒット曲であったが

収まらないのはジャニーズ側である。


おまけに、少年隊とWinkのメンバー同志が付き合っている、

なんて噂もあったから

ヒガシは顔に泥を塗られた形となった💦


当時のウワサでは

鈴木早智子さんはカスミソウを手に少年隊の出待ちをしていて

追っかけからは「カスミソウの君」なんて呼ばれていたとか、いないとか(^o^)


はてさて( -_・)?


それ以降、あの事務所は賞取りレースには、基本、参加していない。


SMAPだったら少なくとも二回は受賞できたと思う。




笹沢左保さんの小説「猛烈に不幸な朝」はレコード大賞をモデルとしているが

昭和四十年頃の設定のようで、ちょっと馴染めなかったショボーン


おそらく令和の現在も状況は変わらないだろうけど、、、