5泊4日の入院後11月4日に退院。
毎日の皮下点滴160cc
a/d缶を朝夕シリンジで20cc強制給餌
食欲なく、口の中は土気色
入院中点滴をしていた右腕の毛を刈ったところは、真っ白で新たな発毛もなし。
それでも、それでも…!
一縷の望みをかけて皮下補液と強制給餌して来ました。
毎日頑張ってくれました。
はじめは嫌がっていた皮下補液。
亡くなる3時間前もしました。
抵抗する体力も、気力も残ってなかったのだろうと、今なら思います。
15分間ほどの補液の間、私の左腕に顎を乗せてじっとしていました。
強制給餌の時だけは嫌がって、口の中のものを吐き出しました。
弱々しく にゃん…と鳴きました。
よだれで右顎の毛が抜けてしまい、オリーブオイルを朝夕塗って保護しました。
補液が終わり、いつも一緒にいるきららとエルるんの寝ているベッドに連れて行きました。
二人の間な身体を横たえると、きららとエルるんはまりちゃんの顔や身体を舐めてあげていました。
きっと二人にはわかっていたに違いありません。
しばらくすると、まりちゃんはベッドを出て、30センチほど移動していました。
抱っこしてケージの中のほかほかマットを敷いたベッドに寝せました。
ほんの10分弱の間、目を離した間。
ベッドの端で手足を伸ばしたまま動かないまりちゃんがいました。
ほんの少し嘔吐していました。
目はまだ光がありました。
身体はまだ暖かでした。
まりちゃん!まりちゃん‼︎
何度呼んでも、まりちゃんの目はまりちゃんの耳は動きませんでした。
今日、昼に娘と孫がまりちゃんのお見舞いに来てくれました。
その時私は
「明日は博ちゃん(夫)のレースに同行しなきゃいけないんだよね。まりちゃんがこんな状態だから、行きたくないんだよね」
と、娘にはなしました。
それを聞いていたのかもしれない。
『私が日曜日に、お母さんがいない時に逝ってしまったら、冷たく硬くなってしまった私を見たらきっと、お母さんは取り乱して、泣いて泣いて、一生後悔するかもしれない。』
まりちゃんはそう考えたのだろうと思います。
まりちゃんは、最期までお母さん思いでした。
私がまりちゃん4兄妹を保護した時、一番元気が良くて、ダンボールハウスをよじ登ったのもまりちゃんが1番でした。
猫風邪はずっと治りませんでしたが、病気らしい病気一つせず、元気でした。
「お母さん、油断しないでね。みんなの体調をよく見ててね」
まりちゃんはそう教えてくれました。
まりちゃんを抱いてたくさん泣きました。
ごめんねと何度も謝りました。
まだ暖かだった身体もだんだん冷たくなって来ました。
娘に電話して、たった今亡くなったと知らせました。
娘も泣いていました。
まりちゃん、まりちゃん。
病気を見つけてあげられずにごめんね。
苦しい強制給餌も、ごめんね。
まりちゃんは幸せだっかな?
一歳まで生きられないかもしれないと言われたけれど、9年6ヶ月のまりちゃんの生きた証はお母さんたちが忘れないからね。
ありがとう、まりちゃん。




