進研模試よりも簡単と名高いスタサポとかいうやつが返ってきた。


僕はケアレ・スミスと呼ばれるほどに、うっかりミスをよくやらかす。


だから、選択肢から選ぶマーク式は得意な部類だ。


これだけは、絶対の自信があった。


少なくともこの底辺高校では首位を逃すことはない。


そう信じていた。


しかし、現実ってもんは意外と厳しい。


まぁ人生、そんなもんだよね。


いやしかし、順位は仕方がないとしても、いや仕方なくはないのだけれど、

そんなことより数学の成績が下がったのがまずい。


かなり、まずい。


国語の方はめでたく東大(笑)レベルにジョブチェンジ出来たわけだけれど、

数学は左遷もいいとこで、国公立なんちゃらかんちゃらたらんちゅららしい。


まぁ文系の授業があるたびにダウナーな空気を発散させて

周りに感染させている毎日を送っているくらいだから、

今から文理選択をするとしても理系物理ってのは変えるつもりはないけれど、

それでもやはり数学がこれでは不安になってしまうのも無理はないってものだ。


トンペイは国語のウェイトが少なすぎる。


センターの得点を1/4に圧縮とかふざけたことを言ってたような。


名古屋大学の理学部なんかは、現代文の二次試験があるとかないとか。


まぁ今の時点じゃ地底志望なんて冗談でも口に出せないレベルだし、

そういうのは後で考えるとするか。


・・・夕飯を食べる気がしないな。。。

「誕生日おめでとう」


その言葉を、今日は言わなければならない日だ。


誰に? 


母に。


この日が誕生日の人は大勢いるだろうし、知り合いにもたくさんいるけれど、

いや一人しかいないけれど、そもそも知り合い自体の絶対数が少ないけれど、

ともかく、僕が言わなければならないのは母のみである。


それを思い出したのは昨日の夜のことで、当然ながら何の用意もできていない。


我ながら親不孝なものだ。


父の時は母が教えてくれたのでなんとかなったが、こちらは完全に失念していた。


もちろん母には感謝しているし、孝行するべきだとは思うのだけど、

如何せん「誕生日」というもの自体が気に食わない。


日という単位にとらわれる意味が分からなかった。


例えば、世に言うおたんじょうぱーてぃーなんかは、夜に行われることが多い。


僕の父の妹の娘(まぁいわゆるイトコってやつですな!)の年少時のパーチーも

ご多分にもれずそうだったように記憶している。


でも、彼女が生まれたのは夜というよりか、未明というほうに近かった。


具体的な時刻は忘れたのだけれど、仮に数字を置くとして、1/1 1:11:11に生まれたとする。


祝うのは、20時あたりだったとしよう。


だとするなら、1/1 20:00:00におたんじょーびぱぁてぃをするより、

12/31 20:00:00に行った方がよほど近い。


なぜ人間がつくった日という単位にとらわれるのだろう。


もし特に重んずべき時が有るとすれば誕生したその瞬間のみがそうなのであって、

一年周期で24時間ずつ律義に訪れてくる必要はない。


「お誕生日おめでとう」という言い回しも引っかかる。


誕生はおめでたくても、誕生日は別におめでたくねーだろ、と言いたくなる。


○○歳おめでとー、とかならわかるけれど。


つまるところ、その人が生きていることに感謝するんだ(キリッ

なーんて言ってるやつは毎日、いや毎秒、というか常に感謝しつづけるべきであって、

一年ごとなんていうのはそうやって記念日を作り出さなければ

忘れ去ってしまう程度の思い入れだということに他ならない。


・・・という風に屁にもならない理屈をこねていても

プレゼントを用意していない事実は変わらないので、

僕は大嫌いな「お誕生日おめでとう」という言葉を使って罪滅ぼしをするより他にない。


そんなわけで、僕は誕生日への思い入れというか、複雑な思いを持っているのだけれど、

流石に家族と彼女には何かあげないと面目が保てないというものだ。


それにしても、彼女が好きなバンドがあって、そのインディーズ時代のCDを

かねてより欲しがっていたので1枚目をあげたのだけれど、

その際の僕への誕生日プレゼントがジャガビーだったのには辟易した。


いや、うまいけどっ!


こういうと語弊があるし、非難されるのももっともかもしれないけど、

僕としては交際関係にある人のためにカネを使うというのはあまり好きじゃない。


だから、そのCDが実質はじめてだったわけなんだけど、まさかお返し←がジャガビーとは。


いや、値段とかそういうことじゃなくて、後々も残るものだったらもっと良かったなぁ、なんて。


そんなわけで、僕は誕生日への思い入ry


・・・そろそろ勉強の話をすると、僕にとって今日は、

二年生最初の定期テストまで一か月を切った日でもある。


はっきりいってまだ何も習っていないといっても過言ではないレベルなので、

今からというのは少しばかり早すぎる気がするが、ともかく勉強するに越したことはない。


最近は、学習習慣が確立されてきたように思う。


いや、宿題しかやってないのだけれど。


それでも、一年時に比べて随分とマシになった。


授業もノートをとるようにした。


すると授業がいつもより1.12倍速(当社比)で流れていき、

結果的に精神的な負担が軽くなった。


しかし、一年間ノートをとっていなかったという

ディスアドバンテージ(遊戯王用語だった気もするが気にしない)は

予想以上に大きいもので、写すスピードが周りより極端に遅い。


まぁでも、最近イロイロ変わってきたこと、そしてそれは

負の面よりプラス面が多いことは確かなように思う。


だから、とりあえずは最初の考査に向けて尽力していきたい。


それに、第一回考査が終われば、その次の週には僕が心待ちにしている小説が発売される。


小説とはいうものの、世間一般に言うライトノベルで、

いや世間一般はライトノベルなんて知らないかもしれないけれど、

ともかく、初回特典が付属!とのことだった。


お年玉をもらっても親に吸収されてしまう僕を案じてか

親戚の皆様は図書カードをくれるので、店頭で買うのが一番なのだが、

僕としては小冊子が手から喉が出るくらい欲しいので、

いや流石にそんなグロテスクな光景は勘弁だけれど、とにかく密林さんで予約したかった。


店頭で予約すると、親バレする可能性が無きにしも非ずっていうかなんていうか。


℡るとかマジ勘弁っていうかなんていうか。


同じ理由で、自分の家には届けてもらえないっていうかなんていうか。


中学時代の友達に泣きつくっていうかなんていうか。


それで、あまりタビタビ泣きついては迷惑きわまりないので、

欲しいものを一括で頼み、なおかつ諭吉さん一人でお釣りがくるようにし、

それを譲渡するというのが半ば恒例というか、セオリーと化している。


今回のお目当てのものだとその10分の1程度なので、残りのものを決めることとなった。


その結果、まず欲しいと思ったのはキーボードだ。


PCの周辺←機器ではなく、楽器的な意味で。


それから、グラフ1000。


文房具好きなら誰もが知るシャーペンだけれど、如何せん田舎にはなかなか無い。


キーボードは格安になっていて、49鍵盤で樋口一葉台、6000円未満だった。


これで8000弱。


シャーペンとラノベが一つずつで2000を超すというのもどうかと

思うかもしれないが、僕にとっては全く痛くない。


寧ろ進んで余分に払いたいくらいだ。いややっぱそれはない。


手数料が500なので、残り1500強か・・・と思って観ていると、

彼女が好きなバンドの、インディーズ時代2枚目のCDが眼に入った。


約1500円。


またジャガビー、くれるかな。

いよいよ明日から新学期。

厳密に言えば一週間ほど前から二年生なわけだけれど、

家でゴロゴロしている今は実感が沸くはずもなく。


それに、そんなことを気にしている余裕は僕にはない。


宿題があるし、宿題が終わっていないし、宿題をやらなければならないのだ。


本来であれば「休みに入る前に全てを終わらせて自分のやりたいことをやる」という

理想的な状態にもっていく手筈だったのだけれど、

そんなのは僕の刹那主義の前では机上の空論に他ならない。


まぁでも、結局自分のやりたいことをやってこの休みを過ごしたわけだし、

宿題も終わらせられないということはないだろうから問題は無い・・・ように思える。


それほどに、一日で終わらせられるほどに、我が校の宿題は少ない。


もっとも、僕が高校を選んだ理由の一番がそれなのだから、そうでなくては困る。


あとは通い易いだとか、中学からの友達が多い、だとか。


ウチの高校は知れば知るほど酷い有様なのだけれど、

この3つだけは変わっていないようでありがたい。


「酷い有様」と形容したのは色々理由がある。


でも、差し当たって僕が最も辟易しているのは学業に関してだ。


僕は、中学生のころは割合と出来た方だと思う。


・・・過去の栄光を語るのは浅ましいし、

栄光と呼べるほどのものではないから割愛するけれど、まぁまぁ出来た。


少なくとも、この底辺高校に来るのを周りから止められるくらいには。


まぁ確かに、レベルの高いところに行くのが良いとは思ったけれど、

公立中学校でTOP(笑)の僕が行けるところなんて、

所詮は地域(ドレットノート級の田舎)のTOP()笑だった。


そういう学校に通っている連中の大半は、

全国的に見れば大したこともないのに周りを見下している。


そんな偏見を持っていたし、同級生は一人しかいかないし、

通いにくそうだし・・・というより、宿題が多そうだったから行かなかった。


見下しているというのは偏見だと気付いた今でも、

志望校を曲げなかったことは後悔していないからいいのだけれど。


まぁそんなこんなでスポーツ中心で勉強なんて二の次、三の次の

高校に入ったものだから、当然のように最初のうちはTOP()だった。


でも、そんなだらけきった雰囲気の中、僕が努力できるわけもなく。


中学校までの勉強と違って、

勉強しないと出来ないシステムだということに大分たってから気付いた。


当たり前といえば当たり前なのだけれど、

僕にとっては驚きで、シビアな世界だと思った。


誤用を承知で言えば、飛ぶ鳥を落とす勢いで

僕の点数は、順位は、成績は、落ちて行った。


父は、激怒した。


このままでは、底辺高校のなかでさえ十指から零れおちることになるぞ、と。


僕は小学生のころから東北大学を志望していて、父もそのつもりだ。


いくら過去の進学者実績を見ても、東北大の文字が全くない高校を

選ばせてくれたのも、全ては僕を信頼してくれてのことだった。


それなのにこの有様では、怒られてしかるべきだろう。


1位を取り続けていても厳しいのに。


そんなわけで、努力の日々が始まったのだけれど、

如何せん努力の仕方が分からなかった。


それでも、とにかく場を踏むことによって、少し持ち直すことができた。


でも、所詮それは底辺高校内だということを、模試で知った。


模試というのは、偏差値が高く出ると噂のあの模試である。


校内偏差値は85以上はあったと記憶しているが、全国偏差値は70を切っていた。


それがきっかけで、僕は予備校に通うこととなった。


しかし、成績は全く伸びない、というかむしろ如実に下がっていった。


「勉強した」という安心感のせいなのか、はたまた原因は別にあるのかは

分からないけれど、とにかく、成績が下がったのは確かだ。


そして、一年生最後の定期テストの数学の点数は、50点台。


工学部に進学するつもりのヤツが、数学50点台。


返ってきたとき、思わず笑ってしまった。


父はもはや叱ることもせず、呆れるばかりで、諦観の色が見てとれた。


この時、僕を今までにないほどの罪悪感が襲った。


楽な方へ、楽しい方へと逃げてきた自分がどうしようもなく憎かった。


ゼッタイに東北大に入ってやる。


そう決意した。


・・・はずなのに、僕はこうして今でも宿題すらやれずにいる。


二年生からは本気を出すんだ、と自分に言い訳していたけれど、

今できなかったらいつまでたっても出来ないよね。


よし、やってこよう。


・・・ゼッタイに、東北大学に入ります。



それでは。