「あの娘、なかなかのものじゃな」
木の上であった。
「無意識に波動を使いこなしている」
前鬼が紫音の波動を感じ取っていた。
「なんと美しい音色じゃ、よい娘じゃ」
後鬼も一緒にいる。

「真魚殿が気になさっているのはこういうことか…」
「そのようですな…」
二人の意見が一致した。
「うちも若い頃はかわいかった」
後鬼は昔を思い出していた。
「爺さんが一目惚れしたくらいになぁ」
「そうだったか?」
前鬼はとぼけてみせた。
「おや、忘れたのかい…」
後鬼の目が鋭く光る。
「い、いや…」
「そうじゃろ、そうじゃろ」
かわいかったと言う事実は本当らしい。
そこは曲げられないのだ。
「おい、村を出たぞ!」
「うちらの役目を果たさねばな…」
前鬼と後鬼は紫音の後を追いかけた。
「今のところ奴らは静かにしておるが…」
前鬼は気になっていた。
「静かすぎるのも気味が悪いものじゃ…」
後鬼もその事には気がついていた。
紫音に気づかれないよう距離を取った。
木の枝を巧みに利用して跳んだ。
「あちらが少し気になりますな…」
後鬼は大きな力を感じ始めていた。
「あの数が集まるのじゃ、何が起こっても不思議はない!」
前鬼はそう思っていた。
「それは真魚殿もわかっておられる…」
後鬼は真魚を信じている。
「出来るだけ急ぐぞ!」
前鬼の心は決まっていた。
嵐が蝦夷の空を飛んでいる。
真魚は気になる所を見て回った。
考えは当たっていた。
阿弖流為の作戦はおおよそつかめた。
後は倭の出方次第だ。
「これでいいのか?」
嵐が真魚に聞く。
「これでいい」
真魚の答えははっきりしていた。
だが、嵐は気になることがあった。
「あれだけの人の波動が集まればどうなるのじゃ?」
「俺にもわからん」
「では、どうするのじゃ?」
「その時はその時だ!」
真魚はそう言う。
「あれくらいの数どうということはあるまい?」
「お、俺が何とかするのか?」
嵐は真魚の言葉に戸惑った。
「できぬのか?」
「どうということはない」
「なら良いではないか?」
真魚は背中で笑っている。
嵐には見えないがそれは事実だ。
「次はどこに行くのじゃ?」
「奴には会っておかぬとな…」
「奴とはだれじゃ?」
嵐は考えた。
「田村麻呂だな!」
「そうだ」
「奴には念を押しておかぬとな」
真魚はわざとそう言った。
「何の事だ!あれか!」
「そうだ」
今日の嵐は珍しく冴えている。
「人の足であと数日、今晩だな…」
真魚の決断は早い。
「夜か…」
そう言うと嵐は南に向かって飛んだ。
静かな夜であった。
闇に光の粒がちりばめられていた。
倭の軍は奥州に入り、北上川の側で野営をしていた。
ここからはもう目と鼻の先。
そこに蝦夷の連合軍が待ち受けている。
油断は出来ない。
見張りの者が何人かいた。
真魚は子犬の嵐と近くの森の茂みに潜んでいた。
「しょうがない…」
真魚はそう言うと腰の瓢箪から何かを出した。
「お、おい真魚!」
嵐が驚いていた。
「それは後鬼のお香ではないのか?」
「そうだ」
「ここで使うのか!?」
「そうだ」
真魚はそう言うが嵐は自信がない。
城の屋根でその効果は実証済みだ。
「これがある」
真魚はそう言って小さな粒を出した。
「これを詰めておけ」
真魚はそう言うと嵐の鼻の中に入れた。
う゛ぁああああああ~
嵐が叫んだ。
「静かにしろ!」
真魚は嵐の口を手で塞いだ。
嵐の目から涙がこぼれている。
「な、何だこれは!!!!」
「気付け薬だ」
「お主はこれを使っていたのか?」
「そうだ」
嵐はその効果を思い知らされた。
「言っておくが、三日は保つぞ…」
「気にするな」
真魚は笑っていた。
「気にするわ~~~~っ!」
嵐は怒っていた。

続く…