空の宇珠 海の渦 第五話 その四十四 | 空の宇珠 海の渦 

空の宇珠 海の渦 

-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話





「あの娘、なかなかのものじゃな」
 
木の上であった。
 

「無意識に波動を使いこなしている」
 
前鬼が紫音の波動を感じ取っていた。
 

「なんと美しい音色じゃ、よい娘じゃ」
 
後鬼も一緒にいる。
 

5_zenkigoki_sio_530.jpg




「真魚殿が気になさっているのはこういうことか…」
 
「そのようですな…」
 
二人の意見が一致した。
 

「うちも若い頃はかわいかった」
 
後鬼は昔を思い出していた。
 

「爺さんが一目惚れしたくらいになぁ」
 

「そうだったか?」
 

前鬼はとぼけてみせた。
 

「おや、忘れたのかい…」
 
後鬼の目が鋭く光る。
 

「い、いや…」
 

「そうじゃろ、そうじゃろ」
 
かわいかったと言う事実は本当らしい。
 
そこは曲げられないのだ。
 

「おい、村を出たぞ!」
 

「うちらの役目を果たさねばな…」
 
前鬼と後鬼は紫音の後を追いかけた。
 

「今のところ奴らは静かにしておるが…」
 
前鬼は気になっていた。
 

「静かすぎるのも気味が悪いものじゃ…」 

後鬼もその事には気がついていた。
 

紫音に気づかれないよう距離を取った。
 

木の枝を巧みに利用して跳んだ。
 

「あちらが少し気になりますな…」
 
後鬼は大きな力を感じ始めていた。
 

「あの数が集まるのじゃ、何が起こっても不思議はない!」
 
前鬼はそう思っていた。
 

「それは真魚殿もわかっておられる…」
 
後鬼は真魚を信じている。
 

「出来るだけ急ぐぞ!」
 
前鬼の心は決まっていた。
 

 





嵐が蝦夷の空を飛んでいる。


真魚は気になる所を見て回った。
 

考えは当たっていた。
 

阿弖流為の作戦はおおよそつかめた。
 

後は倭の出方次第だ。
 

「これでいいのか?」
 
嵐が真魚に聞く。
 

「これでいい」
 

真魚の答えははっきりしていた。
 

だが、嵐は気になることがあった。
 

「あれだけの人の波動が集まればどうなるのじゃ?」
 

「俺にもわからん」
 

「では、どうするのじゃ?」
 

「その時はその時だ!」
 
真魚はそう言う。
 

「あれくらいの数どうということはあるまい?」


「お、俺が何とかするのか?」
 
嵐は真魚の言葉に戸惑った。
 

「できぬのか?」
 

「どうということはない」
 

「なら良いではないか?」

真魚は背中で笑っている。
 

嵐には見えないがそれは事実だ。
 

「次はどこに行くのじゃ?」
 

「奴には会っておかぬとな…」
 

「奴とはだれじゃ?」
 

嵐は考えた。
 

「田村麻呂だな!」
 

「そうだ」
 

「奴には念を押しておかぬとな」
 

真魚はわざとそう言った。
 

「何の事だ!あれか!」
 

「そうだ」
 

今日の嵐は珍しく冴えている。
 

「人の足であと数日、今晩だな…」
 
真魚の決断は早い。
 

「夜か…」
 

そう言うと嵐は南に向かって飛んだ。
  
 
 





静かな夜であった。
 

闇に光の粒がちりばめられていた。
 

倭の軍は奥州に入り、北上川の側で野営をしていた。
 
ここからはもう目と鼻の先。
 


そこに蝦夷の連合軍が待ち受けている。


油断は出来ない。
 

見張りの者が何人かいた。
 

真魚は子犬の嵐と近くの森の茂みに潜んでいた。
 


「しょうがない…」


真魚はそう言うと腰の瓢箪から何かを出した。
 

「お、おい真魚!」
 
嵐が驚いていた。
 

「それは後鬼のお香ではないのか?」
 

「そうだ」
 

「ここで使うのか!?」
 

「そうだ」
 

真魚はそう言うが嵐は自信がない。
 

城の屋根でその効果は実証済みだ。
 


「これがある」
 

真魚はそう言って小さな粒を出した。
 


「これを詰めておけ」
 

真魚はそう言うと嵐の鼻の中に入れた。
 


う゛ぁああああああ~
 

嵐が叫んだ。
 

「静かにしろ!」
 
真魚は嵐の口を手で塞いだ。
 

嵐の目から涙がこぼれている。
 

「な、何だこれは!!!!」
 

「気付け薬だ」
 

「お主はこれを使っていたのか?」
 

「そうだ」
 
嵐はその効果を思い知らされた。
 

「言っておくが、三日は保つぞ…」
 

「気にするな」
 
真魚は笑っていた。


「気にするわ~~~~っ!」


嵐は怒っていた。


5_kitukegusuri_530.jpg


続く…