空の宇珠 海の渦 第五話 その三十一 | 空の宇珠 海の渦 

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-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話



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「どうやってこの城に入ったのだ!」
 
田村麻呂はその事実が受け入れられない。
 

「以外とすんなりな…」
 
真魚はそう答えた。
 

今頃、外にいる者は眠っているはずだ。
 

「俺に聞きたい事があるのだろう?」
 
真魚は田村麻呂に話を切り出した。
 

「諏訪の神にお主に任せろと言われた」
 
「ほう…」
 
「お主に何か考えがあると言うことなのか?」
 
田村麻呂は半信半疑だ。
 

自分が見た神は信じられても、

目の前にいる真魚は信じることが出来ない。 
 

一度だけ、いや二度会っただけだ。
 
それでその者を信用出来るはずがない。
 

だが、田村麻呂の心は揺れている。
 

見た瞬間、感じた感覚。
 

武人としての本能。
 

それはあの剣を持つ者だけが感じる感覚かもしれない。
 

意識や思考ではない。


五感と直接繋がった感覚。
 

ある意味、恐怖に近い。
 

危険を感じたとき人は逃げる。
 

軀を守るためだ。
 

あまりの恐怖に遭遇すれば、足がすくむ。


死を受け入れるしかない。
 

佐伯真魚という男はそれに近い。
 

田村麻呂はあの時、死を受け入れた。
 
この男には果てがなかった。
 

放つ波動は田村麻呂にそれを伝えた。
 

そして、田村麻呂はそれを感じとった。
 

「俺はあの男が気に入らぬ…」
 
真魚はそう言って懐に手を入れると、何かを取り出した。


「皇子の安殿(あて)に渡してくれ!」
 
そう言うとそれを田村麻呂に投げた。
 
田村麻呂は右手でそれを受け取った。
 
「こ、これは…」
 
田村麻呂は驚いた。
 
「それがあれば戦を止める理由が出来る!」 

真魚は笑っている。
 

「そ、そうか!」
 
田村麻呂は気がついた。
 
行うのも止めるのも理由がいる。
 
真魚はその理由を持って来たのだ。
 
何でも良い。
 
帝の自尊心を傷つけなければ良いのだ。
 
それが今、田村麻呂の手の平にあった。


「しかし、どうして皇子に…」
 
「奴もぼちぼち手柄が必要であろう?」
 
田村麻呂の疑問に真魚はそう答えた。


「お主と安殿であの男を説き伏せるのだ」
 
「お主に蝦夷の未来を託す!」
 
真魚が言った。
 

「蝦夷の未来だと!」
 

田村麻呂は驚いていた。
 
この男の未来では、倭と蝦夷が両方生きているのだ。
  
どちらかが滅ぶ戦いではない。
 
そう言っているのだ。
 
田村麻呂が望んだ未来がそこにあった。
 
「神の言葉は本当であったな…」
 
田村麻呂はそうつぶやいた。
 
手の平の上でその事実が輝いていた。


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続く…