
「どうやってこの城に入ったのだ!」
田村麻呂はその事実が受け入れられない。
「以外とすんなりな…」
真魚はそう答えた。
今頃、外にいる者は眠っているはずだ。
「俺に聞きたい事があるのだろう?」
真魚は田村麻呂に話を切り出した。
「諏訪の神にお主に任せろと言われた」
「ほう…」
「お主に何か考えがあると言うことなのか?」
田村麻呂は半信半疑だ。
自分が見た神は信じられても、
目の前にいる真魚は信じることが出来ない。
一度だけ、いや二度会っただけだ。
それでその者を信用出来るはずがない。
だが、田村麻呂の心は揺れている。
見た瞬間、感じた感覚。
武人としての本能。
それはあの剣を持つ者だけが感じる感覚かもしれない。
意識や思考ではない。
五感と直接繋がった感覚。
ある意味、恐怖に近い。
危険を感じたとき人は逃げる。
軀を守るためだ。
あまりの恐怖に遭遇すれば、足がすくむ。
死を受け入れるしかない。
佐伯真魚という男はそれに近い。
田村麻呂はあの時、死を受け入れた。
この男には果てがなかった。
放つ波動は田村麻呂にそれを伝えた。
そして、田村麻呂はそれを感じとった。
「俺はあの男が気に入らぬ…」
真魚はそう言って懐に手を入れると、何かを取り出した。
「皇子の安殿に渡してくれ!」
そう言うとそれを田村麻呂に投げた。
田村麻呂は右手でそれを受け取った。
「こ、これは…」
田村麻呂は驚いた。
「それがあれば戦を止める理由が出来る!」
真魚は笑っている。
「そ、そうか!」
田村麻呂は気がついた。
行うのも止めるのも理由がいる。
真魚はその理由を持って来たのだ。
何でも良い。
帝の自尊心を傷つけなければ良いのだ。
それが今、田村麻呂の手の平にあった。
「しかし、どうして皇子に…」
「奴もぼちぼち手柄が必要であろう?」
田村麻呂の疑問に真魚はそう答えた。
「お主と安殿であの男を説き伏せるのだ」
「お主に蝦夷の未来を託す!」
真魚が言った。
「蝦夷の未来だと!」
田村麻呂は驚いていた。
この男の未来では、倭と蝦夷が両方生きているのだ。
どちらかが滅ぶ戦いではない。
そう言っているのだ。
田村麻呂が望んだ未来がそこにあった。
「神の言葉は本当であったな…」
田村麻呂はそうつぶやいた。
手の平の上でその事実が輝いていた。

続く…