空の宇珠 海の渦 第五話 その二十三 | 空の宇珠 海の渦 

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-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話




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真魚が那魏留の所に行くと、那魏留は家の前で出かける準備をしていた。
 
「紫音に会ったか?」
 
那魏留は馬を用意している。

「どこへ行く?」
 
真魚は那魏留に聞いた。
 
嘩威流(かいる)に会いに行く」
 
「誰だ、それは?」

 真魚は気になる。
 
「我らの長みたいなものか…」
 
「元々我らははみ出し者の集まりだ」
 
「それでも何とか生きていけたのは嘩威流がいたからだ…」
 
那魏留は言った。


「俺も行こう」
 
真魚は言った。
 
「倭の事を話すのであろう、俺がいた方がいいのではないか?」


真魚は荒くれ者共をまとめている、

嘩威流と言う男にに会ってみたくなった。 

「それは、そうだが…」

 那魏留は少し考えた。
 
「良かろう、行こう」
 
那魏留は決めた。
 

「阿弖流為と紫音はどうするのだ?」
 
「心配するな嵐がいる」
 
そう言って足下の嵐を見た。
 
「俺がついて行くのか?」
 
嵐は少し不満のようだ。
 
「その方が早いだろう?」
 
「ま、それもそうだな…」
 
嵐は渋々了承した。
 





「もう、話が終わらないうちに行っちゃうんだから…」
 
そう言いながら紫音が帰って来た。
 
「これから俺は那魏留と出かける」
 
「出かけるって、どこに?」
 
紫音は突然の話に驚いた。
 
「紫音は阿弖流為と村に帰れ」

「それはいいけど、馬がいないし…」
 
「嵐がいる」
 
「えっ、嵐に乗れるの?」
 
紫音は喜んだ。
 
「それは嵐次第だな…」
 
真魚はそう言いながら嵐を見た。
 
「嵐、いいの?乗っても!」
 
「しょうがないな」
 
「やったー!」

紫音の喜ぶ顔が嵐をその気にさせた。
 



 

空の上で紫音は感動していた。

紫音が前、後ろには阿弖流為が乗っている。
 
「嵐、あなたって本当にすごい!」
 
紫音の心の波動が嵐に伝わっている。
 
「言っておくが本気ではないぞ」
 
嵐はもっと速く飛べる。
 
そう言いたいのだ。
 

「ここまで来るのに倭の網にかからなかったのは、

こういうことだったのだな…」
 
阿弖流為はひとつ謎が解けた。
 

「紫音、その心に免じて見せてやろう!」
 
嵐はそう言うと速度を上げ更に上まで昇った。
 
「何て速いの!」
 
紫音は心が震えていた。

あっという間に雲を越えた。
 
この速さで飛んで二人が落ちないのは、

嵐の霊力が二人を包み込んでいるからだ。
 

「このくらいで良いか…」
 
そう言って止まった。

そこは嵐がいなければ死を迎える高さであった。
 

雲の間から水平線が見えた。
 
「海…うそ!」
 
「こんな…」
 
二人は驚いていた。
 
わずかに丸みを帯びていた。
 
「だ、大地って、丸いの…」
 
紫音が泣いていた。
 
「一つなんだ…」
 
それは紫音が今まで見たことのない光景だった。
 
「そうだ、大地は一つだ」
 
嵐が言った。
 

「これが、俺たちの大地…」
 
阿弖流為も感動していた。
 
大地が一つであるという事実。
 

「あっ、向こうにも陸が見える!」
 
紫音が言った。
 
とてつもなく大きく広い。
 
だが、一つなのだ。
 

「これがどういう意味だか分かるか?」
 
嵐が言った。
 

阿弖流為はその問いに答える事が出来なかった。
 
だが、心の奥にざわめく何かを感じた。
 
良くはわからない。
 
ただ、それが本当の自分であることに間違いはなかった。
 

「すごい!」
 
紫音は心が震えている。
 
感動の波動を生み出している。
 
その波動は気高く尊い。
 
どんどん大きくなる波動を抑えることが出来ない。
 
その波動は紫音から溢れ出し、嵐に届く。
 
神もその声を聞いている。

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「嵐、ありがとう!」
 
「私、今、生きてる!」
 
紫音はそう言うと、嵐に思いっきり抱きついた。
 
嵐と紫音の波動が同調していく。
 
『真魚が紫音を選んだ理由がこれか…』
 
嵐は青嵐がそう言っているような気がした。
 
「行くぞ!」
 
嵐はそう言うと蝦夷達が待つ大地に向かって降りて行った。


続く…