空の宇珠 海の渦 第五話 その二十一 | 空の宇珠 海の渦 

空の宇珠 海の渦 

-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話




小さな明かりの下では四人が話し込んでいた。
 
切り株の台には、器に盛られたささやかな料理が置かれていた。
 
だが、それが客人をもてなす精一杯のものであることが分かる。
 
それを肴に酒を飲んでいた。
 

「真魚殿はあのような術をどこで覚えなさったのだ」
 
那魏留が真魚に問うた。
 
那魏留は二度も助けられている。
 

「俺にも師と呼べる人がいた」
 

「その師に…」
 
火魏留が話に入る。
 

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「術というものは教えてもらって出来るものではない」
 
「それは弓を習っても直ぐには出来ないのと同じだ」
 
「弓は練習してうまくなるしか方法はない」
 
真魚の横に弓の名手である阿弖流為がいる。
 

「コツはあるが練習以外に上達の近道はないな」
 
阿弖流為が自分の経験を踏まえて言う。
 

「術も同じだ」
 
「やり方が全てではない」
 
真魚が酒を一口含んだ。


「だとすると、どうやってあのようなもの達を使いなさる」
 
那魏留は不思議でたまらない。
 

「口で言うのは難しいな…」
 
真魚は少し考えた。


「火魏留、悪いがその器を持ち上げてくれ」 
 
「こうか?」
 
真魚に言われたように火魏留が器を持ち上げた。
 
「これだ!」
 
真魚が言った。
 

「なるほど…」
 
阿弖流為がほくそ笑んだ。


「もう降ろしても良いぞ」
 
そう言われて火魏留は器を降ろした。
 

「人と人は言葉で意思を伝えることが出来る」
 
「そして、信頼関係さえ築いておけば相手が動いてくれるのだ」
 
「これと同じだ」
 
真魚は言った。
 

「なるほど…そういう事ですか…」
 
那魏留が理解を示す。
 

「俺と嵐とは見えない糸で繋がっている」

「言葉も通じる」
 
「そして信頼関係も出来ている」
 
「だが、人と違うところは対価が必要だということだ。」
 

「対価とな…」
 
那魏留が目を細めた。
 

「霊力だ」
 
「しかも、それ相応のな…」
 
真魚はそれ相応という言葉で片付けた。
 

「それは、対等という事でしょうか?」
 
那魏留が興味を示している。
 

「人が人を使うときと同じだ」
 

真魚はそう言う。
 

「お主という奴は…」
 
阿弖流為は笑っている。
 

「お主は神と対等か、それ以上と言っているのだな」
 
阿弖流為は笑いが止まらない。


実際に真魚はそうなのだ。
 

「人は誰でも生み出すことが出来る」


「霊力とは心と魂が生み出しているのだ」
 

「心と魂が生み出す力…」
 
「そうか…」

那魏留は何となくわかる様な気がしていた。
 

「火魏留はこの力を闇に奪われたのだ」
 
「奴らはこれを食らう」

「そうであろう?火魏留」 


「確かにあれは生きる力そのもののようだ」
 
真魚に答えを求められ、火魏留が答える。
 
体験に勝るものはない。
 

「では、闇はどうして魂の力を…?」
 
那魏留の興味は尽きない。
 

「奴らに形はない」
 
「だから、形のある人の躯には力が及ばない」
 
「だが魂は別だ…」
 
那魏留は驚いていた。
 

「人は心で魂と躯を繋いでいる」
 
「魂を食われれば心にも影響する」
 

闇を見たときのあのぞくぞくする感覚。
 
絶望の淵に立たされたような恐怖。
 
思い出すだけで身体が震えてくる。


「最後には心が破壊され躯もやられる」
 

火魏留は震えている。
 
「よく分かる…」
 
「俺にはわかるよ…」
 
火魏留は闇を思い出していた。

心が絶望で満たされていく。
 
それは恐怖すらも超えていた。
 

「神と闇は表裏一体だ」
 
「そして、魂は神の世界と繋がっている」
 
真魚が言葉に力を込める。

「人と神は繋がっているのだ!」
 
だが、それは逆に闇とも繋がっていることになる。
 

阿弖流為は真魚のその言葉を受け入れた。
 
理由は分からない。
 
素直に受け入れることができた。
 

「お主は面白い男だ」
 
阿弖流為がほくそ笑んだ。
 

楽しんでいる。
 
それが分かるのだ。
 
心が躍っている。
 
この男といると、何でもできそうな気がしてくる。
 

真魚は全てを見ている。
 

「途方もない話だ」
 
阿弖流為が言った。


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続く…