「ひとつ聞きたい事がある」
真魚が阿弖流為に向かって言った。
「何だ…」
「今日出会った山賊のことだ」
「奴らのことか…」
「どうしようもない奴らだ」
阿弖流為は呆れていた。

「主に倭の者を襲っている」
母礼が話に入った。
「なるほどな…」
真魚は笑みを浮かべた。
「どーいうことだ」
阿弖流為は真魚の笑みが気に入らないらしい。
「俺の見たところそれほど悪い奴らには見えなかったからな…」
「どこの村にも属さず自由気まま…」
「田畑など持たず、狩りと略奪だけで生きている」
阿弖流為は言った。
「蝦夷に危害を加えたと言う話は聞いたことはないが、倭に印象が悪いのは奴らのせいだ」
母礼も良くは思っていない。
「とにかく奴らのせいで我らが野蛮な民だと思われているのだ」
長老が結論を述べた。
「お主らから見るとどうなのだ、監視しているようだが…」
出会った時の母礼は山賊を探していた。
「かつては共に戦った仲間だと聞いている」
阿弖流為が言った。
「そうなのか?」
真魚は長老に問いかける。
「わしらは倭に大地を奪われた」
「奪われたものは取り返せばいい」
「それが奴らの考え方だ」
長老の言葉の中には蝦夷の苦しみが含まれる。
「倭を嫌っていると言う点は同じか…」
真魚は全てを理解した。
月明かりに輝く湖が見えていた。
それは、光るお盆のように闇の中に浮いている。
光と闇だけが作り出せる幻想。
その美しさに見とれていた。
「今宵も良い月じゃ」
「ほんに、ほんに 」
「この月を眺めながら一杯やりたいもんじゃなぁ」
「それはあかん!」
「うちが真魚殿にしかられる!」
前鬼と後鬼であった。

「あんたの酒癖の悪さはお墨付きやからな」
後鬼は何度も痛い目に遭っているのだ。
「それはそうと…」
「媼さんやぼちぼちではないか?」
「ぼちぼちかのう…」
湖が見える森の木に二人の姿があった。
「奴め、相当へこんでおったからなぁ」
前鬼はそう感じていた。
「真魚殿と何を話したのやら…」
後鬼も同じであった。
真魚との話の内容は二人とも知らない。
だが、その身体からにじみ出る波動が二人にそう感じさせるのだ。
一度様子を探りに奴らの場所まで戻った。
その時に波動を感じた。
必ずここに来る。
しかも、昼ではなくて夜だ。
しかも、一人で…
二人はそう確信していた。
数日の時をそこで過ごしていたのだった。
続く…