空の宇珠 海の渦 第五話 その十三 | 空の宇珠 海の渦 

空の宇珠 海の渦 

-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話




「ひとつ聞きたい事がある」
 
真魚が阿弖流為に向かって言った。
 
「何だ…」
 
「今日出会った山賊のことだ」
 
「奴らのことか…」
 
「どうしようもない奴らだ」
 
阿弖流為は呆れていた。
 

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「主に倭の者を襲っている」
 
母礼が話に入った。
 

「なるほどな…」
 
真魚は笑みを浮かべた。
 

「どーいうことだ」
 
阿弖流為は真魚の笑みが気に入らないらしい。
 

「俺の見たところそれほど悪い奴らには見えなかったからな…」
 

「どこの村にも属さず自由気まま…」
 
「田畑など持たず、狩りと略奪だけで生きている」
 
阿弖流為は言った。
 

「蝦夷に危害を加えたと言う話は聞いたことはないが、倭に印象が悪いのは奴らのせいだ」
 
母礼も良くは思っていない。
 

「とにかく奴らのせいで我らが野蛮な民だと思われているのだ」
 
長老が結論を述べた。
 

「お主らから見るとどうなのだ、監視しているようだが…」
 
出会った時の母礼は山賊を探していた。
 

「かつては共に戦った仲間だと聞いている」
 
阿弖流為が言った。
 

「そうなのか?」
 
真魚は長老に問いかける。
 

「わしらは倭に大地を奪われた」
 
「奪われたものは取り返せばいい」
 
「それが奴らの考え方だ」
 
長老の言葉の中には蝦夷の苦しみが含まれる。
 

「倭を嫌っていると言う点は同じか…」
 
真魚は全てを理解した。






 
月明かりに輝く湖が見えていた。
 
それは、光るお盆のように闇の中に浮いている。
 
光と闇だけが作り出せる幻想。
 
その美しさに見とれていた。
 

「今宵も良い月じゃ」
 
「ほんに、ほんに 」
 
「この月を眺めながら一杯やりたいもんじゃなぁ」
 

「それはあかん!」
 
「うちが真魚殿にしかられる!」
 
前鬼と後鬼であった。


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「あんたの酒癖の悪さはお墨付きやからな」
 
後鬼は何度も痛い目に遭っているのだ。 


「それはそうと…」
 
「媼さんやぼちぼちではないか?」
 

「ぼちぼちかのう…」
 
湖が見える森の木に二人の姿があった。
 

「奴め、相当へこんでおったからなぁ」
 
前鬼はそう感じていた。
 

「真魚殿と何を話したのやら…」

後鬼も同じであった。
 
真魚との話の内容は二人とも知らない。
 
だが、その身体からにじみ出る波動が二人にそう感じさせるのだ。
 
一度様子を探りに奴らの場所まで戻った。
 
その時に波動を感じた。
 
必ずここに来る。
 
しかも、昼ではなくて夜だ。
 
しかも、一人で…
 
二人はそう確信していた。

数日の時をそこで過ごしていたのだった。


続く…