久々ですが、悲しい話です。
喜びと悲しみのお話です。
そしてただ無能だった自分の後悔と懺悔のお話です。
この子の名前は「錦幸(きんこ)」
彩豊かな秋の日にやって来た小さな幸せという意味を込めて名前を付けました。
錦幸は2016年10月29日、奈良県郡山の金魚の里から我が家にやってきました。
お店でたくさん泳いでいた中で、一番美しく、愛らしい金魚でした。
私は昨年祖母を、そしてその前は愛犬と愛亀を天へおくっています。時間が経っても心に空いた穴はぽっかりと暗く影をおとしたままです。
大切な家族がいなくなる悲しみや寂しさは当分味わいたくないと思っていたのですが、気がつけば財布のひもが緩んでいました。
「金魚」なら子供のころも飼っていたし、そう難しくないだろう。魚類なら愛着もわきすぎる事もないだろう。そう思っての判断でした。
我が家にやってきてから、少し臆病で食い意地が張っていることがわかりました。
そんな錦幸の為に、隠れ家が必要だと思い、手近にあったうがい用のコップをとりあえずで提供しましたが、いたく気に入って、すぐに夜はそこで眠ってくれるようになりました。
身に危険を感じてもそこに逃げ込んだりするようにもなりました。
大変気に入ってくれたみたいなので、新しい住処を買わずにコップを錦幸のお家に決定しました。
近づいて見つめると、コップの中からぎょろと目玉をこちらに向けて見てきます。
家族もなんだかんだ言いながら私が見ていないところで勝手に世話を焼いているみたいで、台所のテレビの横に置くことをも許してもらえました。
自分の持ち物を気に入ってくれたとなると、なんだかとたんにその小さな存在がより愛しく思えてきて、幸せを運んできてくれたこの子を幸せにしなくてはと思いました。
しかし、私の無知はこの子を幸せにする前に、天へおくる事になってしまいました。
にわか知識ですが、死因は白点病と尾腐れ病の併発だと思います。
4日目から錦幸は餌を食べる以外でコップから出てこなくなりました。背びれをたたんで水底でじっとしているのです。
しかし餌は食べにくるので「冬の寒さのせいかな?」と思ってあまり気にしていませんでした。
良く見れば尾に白い点があります。それにちょっとずつ欠けているようにも見えます。もこの時には病気だった様です。しかし病気の知識もなかったので「こんな模様だったのかな?」ぐらいにしか思っていませんでした。
その時に塩水につけるなどして対策をとれば何か変わっていたのかもしれません。
ですが、法事や仕事で忙しさが続き6日目夜にしてようやく対処法をしよう!と思い立ち、7日目。仕事が朝早いため夕方早く帰ってこれる!これはチャンスとようやく重い腰を上げたのですが、帰宅したとき錦幸はコップでは無く循環フィルターの下で動かなくなっていました。
「今日はいつもと違う場所にいるな?」と最初泳いだ事にうれしく思ったのですが、近寄っても目を全然動かさないので旅立ってしまったんだと直感しました。
フィルターの下にいるので、浮くことも横になる事もなく、まだそこにいるかのように、静かに、ただ静かに、そこにポンプの循環音だけがじーっと響いていました。
私はただ茫然とその動かない目玉を見つめました。
何もかも遅すぎたのです。
こんなに深い悲しみを頂くことになるとは思いもよりませんでした。
お店で目が合った時から、その金魚はただの一匹の金魚ではなく、私の一匹の金魚になっていたのだと知りました。
時間と愛は比例しない。
我が家に来て7日目の事でした。
ただ茫然と眺めたまま2時間経っていました。
それから私はようやく錦幸を荼毘に付し、水槽を全て洗い片付けました。
体が重く、心が重く、水が揺れるたびに動く体に何度も「生」を期待しましたが、戻ってくる事はないのだと実感するだけでした。
重さも感じないほど小さな体に詰まった重たい命。
さよならを告げるにはあまりにも早すぎて、台所のテレビの隣。ただ一週間そこにいただけなのに、ぽっかり空いたスペースに目が自然と向けられる。
金魚飼育初心者の犯す過ちを全て犯してしまったようです。
誰もが一度は通るかもしれない道。通らないでおけたらよかったのに。
君にもっと好きになってもらいたかった。だというのに何もしなくてごめん。
ごめんね。
2日後、叔母が研修旅行から帰って来た。
旅行中にこんな思いをさせるのもと思って黙ったいたのだけれど、買ってきてくれたお土産がなんと「金魚のキーホルダー」でした。
色合いも形も錦幸にそっくりで、「この失敗を忘れるな」と言われているようでした。
携帯に付けて持ち歩く事にします。
この失敗を忘れません。
君を忘れません。
対忘れません。
錦幸、おやすみ。






