──金曜日、21時。
明かりもつけずに自室のベッドにダイブし、北上碧(きたがみあおい)は、ただ虚無感に襲われていた。
同僚や先輩は早々に仕事を切り上げ、一週間の疲れを労いに会社から居酒屋へと足を向ける。
一方の碧はというと、いまだパソコンとにらめっこを続けていた。同僚が一人、また一人と部屋を後にする度に、得も言われぬ虚しさが彼女を襲う。
すべての仕事をようやく終え、時計を見ると20時半を指していた。これでも普段と比べて早く退勤が出来ることに少しの安堵を覚えた。
もう誰も居なくなった部屋を後にし、会社を出た碧に他の同僚のような元気は残っていない。重くなった体を引きずりながら駅に向かい、コンビニ弁当を片手に帰路を辿る。そこに"華金"なんて言葉は微塵も当てはまらない。
そして、今に至る。
駅のすぐそばに建つアパートの一室。飲食店が立ち並ぶこともあり、週末はより一層賑わう声が彼女の部屋にも響く。その声を聞いてもなお、碧は呆然とベッドに吸い込まれることしかできずにいた。
「……風呂」
スマホで時間を確認すると、それは眩しく1時を知らせていた。せっかく早めに帰れたというのに寝落ちてしまったらしい。
久々に長風呂に入れそうだな、なんて帰りの電車で考えていたのに、今は風呂に入る行為すら憂鬱に思えた。
その憂鬱さは風呂だけにとどまらず、仕事へと魔の手を広げる。
要領が悪く他に比べて仕事が遅いこと。これが原因で同僚たちからは陰口をたたかれていること。その結果、次第に笑顔も消え、今の会社の何が楽しいのかさっぱり分からなくなってしまったこと。
嫌な感情ばかりが碧の心に染み入り、気づけば枕はぐしゃぐしゃに濡れていた。
どうすれば、楽しめるの?
どうすれば、笑えるのかな。
どうすれば、認められる?
どうすれば……
ぐるぐると巡る思考に、いつも上司に言われる言葉が聞こえると、堰を切ったように彼女は泣きながら口にした。
「"頑張れ"なんて簡単に言わないでよ。
私だっていろいろ考えて、頑張ってるんだよ。ちょっとくらい認めてよ……」
そんなことを吐きながら涙が止まらなかった。そしてふと同僚の言葉を思い出す。
「大丈夫大丈夫、なんとかなるっしょ」
あっけらかんとしている同僚にここでも負けるのか、と悔しさも滲ませながらまた濡れた枕に顔をうずめ、碧はまた眠りに落ちた。