今日、埼玉に帰ります。

直前になって父がインフルエンザにかかったのが分かった時はどうなることかと思ったけれど、あまりひどくならず、私達も感染しなかったようで、無事に帰れそうです。


それにしても、あらゆる病気に振り回された1ヶ月でした。
はー、厄年恐い…。

来年の年末年始は、みんな笑顔で過ごせますように。


母の人工呼吸器が外れました。せん妄も落ち着きました。最も苦しい時期は乗り越えました。
3つもの大きな病を乗り越えた母。本当にきつたかったと思います。

母を失うのでは、と思うと本当に恐かったけど、そのおかげで見えたものもたくさんありました。



普段の態度からは想像もできないけど、父が母をとても愛している、ということ。そして私達きょうだい全員も、母を大好きだということ。

病床においてさえ、母が人にとても気を遣うということ。(そのせいでせん妄がひどくなったのでは、というのが私達の見解です)

母がりんとゆうのことをとても大切に思っていてくれること。

次女がとても頼りになること。

医者が頼りにならないこと。それでもやっぱり、最後に頼るのは医者しかないこと。

きょうだいが多いことのありがたさ。一人でもいなかったら、誰かが倒れていたと思います。

そして何より、健康のありがたさ。何気ない日常がかけがえのないものであること。




母が命をかけて、体を張って教えてくれたこと。大切にしていきたいです。
今年のことはきっと、お正月を迎える度に思い出すだろうな…。




母は完全に回復ではありません。これからリハビリして、体を戻していかなければならず、一年くらいかかるそうです。母、がんばれ!
もう少し落ち着いたら、私達も埼玉に戻ります。
入院した翌日に母の容体が急変ました。なんとか持ち直したものの、1か月くらいは悪化の可能性があるということで、横浜に住む妹と連絡をとり、翌日に帰省しました。

現段階では、身体的には回復傾向がみられるけれど、薬が効いているからかもしれないとのこと。薬の投与をやめるここ2.3日で、山場を迎えそうだとのことです。

また、慣れない環境や人工呼吸器のせいだと思われるのですが、せん妄という状態がひどく、幻覚や幻聴に苦しんでいるそうです。そのため、ずっと誰かがついていなければならないのですが・・・
私は、子ども達がいるので戦力外。母に面会できたのも帰省初日だけで、あとはずっと家のことをしています。田舎なので、車がないと移動もままならないため、ちょっと顔を見に行くこともできません。母のことは、妹たちと父がずっとやってくれてます。夜は特に幻覚がひどいらしく、付き添う父はほとんんど寝られないようです。朝、妹と交代し、家に帰って仮眠をとり、また病院へ行く、の繰り返し。父が体を壊さないか心配です。

母が闘っているのに、その様子を人から聞くことしかできない。直接的に母の力になれず、もどかしくて仕方ありません。母が病気になった原因の一部は、年末年始に無理をさせた私にもきっとあるのに・・・。
母が入院しました。

私達が埼玉に帰ってきた翌日くらいから、吐き気がひどくなって、全身に力が入らなくなり、10日未明に入院だったそうです。

まだ病名ははっきりしないのですが、これではないか、と言われた病名は片仮名の聞き慣れないものでした。心臓が凍る思いがしましたが、調べてみると、難病指定されているものの、回復の見込みがある病気とのこと。それでも長期戦になりそうです。


私達が発った6日は、母は風邪気味だったもののいつも通りでした。だから、父から今の母の様子を聞いても信じ難い思いです。
そして、自分には何もできないので、もどかしくて仕方ありません。


昨年から義両親に「来年は本厄だから、お祓いをしないとね」と言われてました。普段は無信心なので、あまり真剣には捉えてなかったのですが…。
年明け早々に風邪、インフルエンザ、気管支炎。そして、母の入院。周りの人が次々と体調を崩すので、恐くなりました。明日、お祓いに行くことにします。そして、母の回復をお祈りしてきます。
あけましておめでとうございます。
スマホの調子がよくなくて、とても久しぶりの更新となりました。

鹿児島に帰省中で、明日、埼玉に帰ります。
が。

一緒に帰るはずだったオットが、なんとインフルエンザにかかりました。私と子供たちは2日から私の実家にいて別行動だったので、感染は免れたのですが…。

子ども2人を連れての長旅。大丈夫かしら。
最近のゆうは特に、暴れたい盛りだし、機嫌が悪くなると手におえないし、不安です…。