友達というのは不思議なもので、
いらないと思うと何故か出来る。
逆に、ほしいと思うとあまり出来ない。

飲み会もわりと苦手。
馴染めない訳でないが、単純に行く必要性を感じないの。
だって、私がいなくなって回るじゃないの?
だったら、一人でやりたいことを自分勝手にこなす時間にしたい。

特定の相手と話したいことだって話せないじゃない?
そんな数人で共有出来る話って、大した話ではないし、往々にして結論も大した結論ではない。

サシで会うことが好き。
そうでもない人の気持ちはあまり分からない。
そんな皆でワーワーダラダラして何が楽しいの?

3人や奇数だと疎外感を感じるかまたは、蝶番をする苦痛を感じるかまたは、蝶番をしてもらうことに申し訳なくなってしまう。

それより増えれば、話をあまり聞いてない。興味のある話には身をのりだし、興味がなくなるとメニューを見たり聞いちゃいない。
たまに話をフラれて、びっくりしている。
そういう人が数人でいればひとりはいるだろう。

それが私です。

でも、人と話すことは好きなのよ。
法より、エヴァンゲリオン。

辛いことを知っている方が人に優しくできる。それは弱さとは違うからな。

加持リョウジ

という、友達の話に妙に納得。

人間としての成長の代償として、心の傷。
なるほど、なるほどなぁ。


もう一人の友達が、一生懸命に私を説得している。

ごめんね、でも私は貴方じゃないから同意できないことがあるんだ。

ごめんね。

私は謝る。その労力に大して申し訳ないのであって、自分が間違っていると思う訳ではない。

それにしても、随分真剣だな。
私のことをなんだと思っている?

貴方とは違っても仕方ないんだよ。
貴方とは違う人間なんだから。

世間で正しいとされることが正しくて、世の中に認められることが何より大事なのか?

そうじゃない。私は後ろ指をさされたって、そんなことよりも自分の考えに忠実にモヤモヤせずに生きたいのね。

世間の道徳に従うのは、道徳に納得したから。または、道徳を破るマイナスが大きいからなの。

貴方はどうしてなの?

正しいことが全てではないのね。
感情ってのは、正しくても許せなかったり、間違っていても喜べたり、そんな変なものなの。
表面的な一時的なものは無視すればいいものもあるけど、
そうでもない大切なこともたまにはあるのね。

それが、世間とずれて何が悪い?

罰せられるようなことをしなければいいのよ。思うのも、考えるのも、私の勝手。

私何か非道徳的な行動を実行すると言いました?
言っていません。
やりませんよ。安心してください。
非道徳的な考えは言いましたが、それは私の問題で、残念ながら貴方のその言葉では救われないのです。

貴方は真っ直ぐでいい人だ。
ありがとう。
誰もがそれを聞いたら喜ぶ訳じゃないんだよ。
知識があっても、私がそんなもん求めてると思ってるの?

初任給が嬉しくて衝動買いするようなもんだと思ってるけど。
使いたくてたまらないでしょうね、入ったばかりの沢山の知識を。

でも別にそんなもの求めてないくらい分からないかな?
あーそういえば貴方は空気が読めたことなんてなかったものね。
アホだったらまだ可愛かったのに、タチが悪い度が増してしまったわ。

人が変わることは当たり前だけど、それに周りは色々な感情を持つのよ。

変わったのは相手で、私は大して変わっていないの。
馬鹿にしてたのは可愛かったから。

可愛くなければ、その知識に似合う人間性を身に付けてくれないと、貴方と友達ではいられないかもしれないわ。

ただ、それは文字という媒体のせいであって、本物の貴方は大して変わっていないんでしょうけど。

なんだか貴方が私になってしまったみたい。

でも、貴方を守ってくれているのは一体誰?何故そのまま生きてこられた?
何故そんなにコンプレックスを抱えているのに、それを解決せず年を重ねられるのか不思議。

世の中にイイ人ってどのくらいいるのかしら?
貴方の周りには、そんなにいるの?
優しい人って何?
不特定多数に優しい人の中に、本当にイイ人はとても少ない。 女性限定だとの話。
どうしよう?

左手の親指がいたいよ�
ピアノ弾くのに、支障出てきちゃった。
私、ピアノないとダメなのに。

バンバン弾くパリッとした曲を弾くのが好きなんだけど、もしかしたら手を壊したかもしれない…と思うとどうしようしょぼん

いたいの。

5日前から、どんどんひどくなるの。 ハンガリアン狂詩曲のせいかな?
やっぱり痛くてもピアノ弾くのやめないからかしら?
動かさなければ治るのかしら?

弱っちい親指だなぁあせる困ったなぁ。
良くも悪くも階級というのはあるんだなぁと思う。

階級はお金があるないにわりと比例するが、その上下と人々の欲を満たしているのかは比例しないものかも。

お金やステータスだけなら上下は明確に分かるけれど、それが生活において持つ意味は、その人自身がどう生きたいかにかかるのね。上下では表せないものになるの。そして、そっちが生きていくのには結局重要なの。

もちろん、一生涯贅沢しまくってもお金が余るほどあるつまり何も働くこともしなくても親の財産がとんでもなくある人なんかは、何も考えずお金は湯水のように使えばいい訳よ。もちろん、それで自分は働かなくていいと思っている人ね。あんまり苦労しないだろうね。人間関係が限られるでしょうから、それが嫌な人にすれば可哀想な環境。でも、それが嫌ならその財産を全て寄付なりなんなりしてしまえばいいんだよ、選択は出来る。幸せだろうなぁ。

お金を稼ぐというのは、それに値する働きを社会に対してしているということよね。自分がそれだけの価値のある人間で価値のある仕事をしているというかね。不労所得は抜きで。
日本は、成果主義だけでないところが好きだと外国人で感じる人がいるらしい。なるほどねー。

まぁ、とにかくどう生きたいかにかなりかかってくるんだよね。その仕事の意味は。

お嬢様というのは、話すと一見とても素直な人が多い。苦労してないのかと思うし、これが育ちというものかと実感。でも、それだけではなく、恐らく裏がとんでもない人も多い。彼女達自身がその辺りを把握しているのか分からないけど、とにかく他人には完璧に偽る感じだからあまり見破れないけど。素直な人に見える。ただ、痛め付けられたことがないのか耐性が弱いせいか、やはり自分に嘘をついているせいか知らないが、精神を病む人が何故かよくいるのね。あれは不思議。
弱いことが悪くはないし、ただ周りに守ってもらって生きてきたんだと思う。一文なしが精神を病んだら、浮浪者になるわけで、カウンセリングや病院にストレス等で受診できる時点でその人は恵まれているんだよ。自分が稼いでいないならなおさら。

それでね、とにかく私、胡蝶蘭よりもタンポポでありたいと思うのね。
もちろん、ピアノやってる時点でお嬢様とか言われるかもしれない。でも、私にはピアノはあるけど、皆が当たり前に手に入れた友達とかはいなかったよ。訳あって、私なりに毎日何て話しかけるとか何話すとか相手の好きなCD聴くとかまるで片想いでもしているかのように努力をしたけど、どうしても手に入れられなかったの。すごく絶望的だったし、コンプレックスでした。だから、ピアノが上手くなったんだけどね、これはホント。

まぁその辺りから、私の意識で守ってもらえてなかったんだと思うの。家族は優しかったけど、私は友達がほしかったし、家族以外の同年代からの信頼というのがほしくてほしくて…ダメでした。
すっかりひねくれるというか、すっかり強く生きようと思った。

誰もいなくても、生きてやろうと思った。それに気付いたら、なかなか楽しかったんだ。

周りに守られないと生きていけないなんて、ナンセンスだと思ったのね、その時。寒いと枯れちゃう胡蝶蘭じゃなくて、踏まれても全然大丈夫なタンポポで生きたいと思ったの。

その方が、生きている気がするし、充実しているの。

自家用ヘリコプターで大空を舞わなくても、皇居とかから青空を眺めることで最高の幸せを感じられる感性は持っていたいというか。もちろんお金使いたいこともあるけどね。

昨日の素敵な方は、私には素敵過ぎた。過ぎるっていうのは、ただ単に憧れではないから使っています。
あれが、私の憧れだと思っていて、ああ生きてほしいと、あれが私の幸せだと恐らく思っているあの人達に、この気持ちをどう伝えればいいのだろう。
彼らに感謝しているけど、私の人生は私のもので、私自身が幸せかどうかを判断するんだよ。