私は父親におんぶと言うモノをされた事がなかった。
ドラマでふとそういうシーンを見て、
そう言えば一度もおんぶされた事がない事を思い出した。
私が中学生の頃、甥が叔父におんぶされて寝ているのを見て非常に驚いた。
なんだあれはと言う気持ち。
叔父にそれはなんだと聞くと、
え?寝ちゃったからおんぶしてるんだよと言われた。
おんぶって何?
私の問いに叔父が見た事のな表情をして、
背中に人を背負う事だと教えてくれた。
叔父はとても優しい人だったが、
優柔不断で決断力がなく、
私が目の前で殴られていても、
そそくさと逃げる人だった。
格闘技をやっていて父よりも遥かに背が高い。
体はムキムキだったが、
泥酔して暴れる自分の兄を止める事は一度もなかった。
そそくさと車で逃げ出しては帰って来ない。
そのうち大きな家の養子に入り、
裕福に暮らすようになった。
たまに会えばニコニコして優しい。
だが私はこの叔父が大嫌いだった。
たった五つくらいの子供の私でも、
その人間性などお見通しなほど、
格闘技なんて子供も守れないなら辞めちまえ、
エセムキムキ男、
そんな風に思っていた。
夫がまだ男友達だった頃、
一緒に海に行った。
その時私は夫が好きだった。
海に行ったと言っても、
夫の何かの都合で少し遠くに行くからと、
暇ならついておいでと言われてその帰りに海が偶然あり、休憩を兼ねて海岸を歩いただけだった。
夫が車の鍵を砂浜に落とし、
しゃがんでそれを拾おうとした。
背後にいた私は急にその背中におぶわれたい気持ちになり、いきなり夫(当時はただの男友達)の背中に飛び乗った。
若い夫はうわっとびっくりして、
私を背中に乗せたまま、
みかんちゃん危ないから飛び乗っちゃダメだよ、
降りてと私に言って来た。
私はおんぶしてと夫に頼んだが、
付き合っているわけでもない人を、
おんぶする事は出来ないと言われた。
この一言は私の心に火をつけた。
当時はお互いに異性の友達が多かった。
私にも夫以外にドライブに行く友達がいたし、
夫にもそういう友達が複数いた。
本命と女友達を明確に分ける夫の価値観に、
当時私は感動し、
絶対にコイツの全部を私に向けさせてやる、
そんな事を心に誓った。
当時は夫がASD風味だと知らなくて、
今までに出会った事がないタイプだと思っていた。
こう言ったらこう返って来るだろう、
そういう会話の想定が通用しなかった。
歴代の彼女達は夫と心を通わせる事ができず、
皆逃げて行った。
私はなぜか分からないが、
夫のような人が当時珍しく思えた。
それまで私は自分に優しい人としか付き合わなかった。
海での一件から少し前になるが、
夫とドライブに行った時の話だ。
私が自分の父親の話をすると、
大変だったね、可哀想だったね、
そんな事を言ってくれる人としか私は付き合わなかった。
夫は私の父の話を始めて聞いた時、
俺そういう自分可哀想話嫌い、
はっきりそう言った。
私は当時猛烈に怒った。
テメエに何が分かる、
そんな事を言ったと思う。
男友達に怒るとテメエと言う自分が今思うと怖いなと思う。
ちなみに女友達にはそんな事は言わない。
親が大変なのは別にみかんちゃんだけじゃない、
良くある話、大袈裟に人に話す事じゃない。
そのような事を男性に初めて言われて、
私は頭に血が上った。
私あんたの事大嫌いになった。
もう帰る。
そう言って、その日は家に帰ったように思う。
まだ実家から遊びに行っていた、
友達だった頃の話だ。
だが夫は翌日私に電話をかけて来た。
謝罪の電話かと思った。
まだ当時は本当にただの友達だった。
昨日みかんちゃんが帰ってから友達とカレー食べて来てさ〜
と、本当にどうでもいい話をして来る夫。
今なら分かるのだが、当時は夫の気質が理解できず、なんやねんコイツと思っていた。
昨日の謝罪の電話かと思ったらカレーの話。
私が冷たくそう言うと、
昨日の話?謝罪?なんかあったっけ?
と不思議そうに言われた。
なんやコイツほんと大っ嫌い、
そう思った私は、
私が父親の話した時可哀想自慢とか散々言ったよね、そういう事言う人と友達とか無理。
もう電話しないで、そう言って電話を切った。
しかし直ぐに電話がかかって来て、
俺は間違っていない、俺は悪くない、
なのに友達を辞めるのはおかしい、
話す相手が減ると寂しいと言われ、
そんな事知るか、私はあんたの事嫌い、
私の話を聞いてくれる人がいい、
そう言って電話を切った。
そこから記憶が飛んでいて、
気づくと私は夫の背中に飛び乗って、
友達だからおりてと言われている。
もう遥か昔の事なので、
記憶が曖昧なのだが、
私は嫌いになったら好きにはならないタイプだったので、
なぜあれほど思っていたのに、
夫とドライブに行き海に行ったのか、
今では思い出せないでいる。
最近になって、あの時みかんが積極的に、
付き合おうと言わなかったら、
本当に付き合わずに終わっていたと思う、
そんな事を五十もすぎて言われたのだった。
縁とは不思議なもので、
なんで今こんなに連れ添っているのか、
ちょっと何かがダメだったら結婚なんてしていなかっただろうに、
本当に不思議なものだなと思う。
もううろ覚えだが、
不幸自慢だの、自分を憐れんで気の毒に見せるだの、そういう生き方大嫌いだの、
散々に言われたように思う。
それなのに私が彼女のポジションになると、
俺が守ると言って、早くに結婚しようと言い出した。
本当に女友達と彼女との線引きがあったのだろうなと、今になると思う。
今まで誰にも言われなかった違う角度の言葉を、
私は時間をかけて理解し、
一理あるなと思ったのだと思う。
後に夫もまた虐待を受けていたと知り、
お互いの父親がどれだけイカれているか、
エピソードトークで競ったりもした。
夫は当時からとても無神経で、
デリカシーが本当になかった。
ただ、山の中に取り残されても、
生きて生還出来そうなタフさがあった。
激しい恋の末と言うよりは、
居場所が欲しくて結婚したように思う。
あなたの旦那さんは恋人だった頃どんな人だっただろうか?
たまに思い出すと面白いかもしれない。
腹が立ってもイライラしても、
長く暮らしていると言うのは、
よほどの縁なのだと思う。
私は今もあのカレーの電話の後、
どう心変わりしたのか覚えていないし、
夫がいつどのあたりで私を好きになったのかもはっきり分からない。
やはり縁なのだろうなと思う。
若い頃のは夫は外仕事で細マッチョで、
私も痩せていたので良くおぶってもらった。
今は多分飛び乗ったら夫は膝と腰を負傷し、
私は飛び乗った瞬間にめまいで動けないだろう。
最近は息子に太っているねと遠回しに言われるが、
黙れ小僧!
と、もののけ姫に出て来る犬神さまのように、
息子を黙らせている。
ふとおんぶからこんなぐずぐず話を思い出した。
それだけの話。




