3月11日、それから。

3月11日、それから。

あの日、あの瞬間。陸前高田市はあっというまに波にのまれた。
今も自問自答し続ける。
私がいたら、何か変わったんじゃないか。
私がいても、何も変わらなかったのか。

Amebaでブログを始めよう!



アパートにつくと、カズがいた。



「大丈夫だったか?とりあえず、懐中電灯と電池これしか買えなかった」




寒い中、薄暗い中、立っている彼を見て、とりあえずほっとするとともに、
泣きたいような気持にかられた。



お母さん。
会いたい。



家の中は、そこまでひどくないようだった。
棚の中のものは落ちたけど、大きく壊れたり落ちたりしたものはなかった。


電気はない、ガスもない。
唯一、断水だけはしていないみたいだった。


でも、この水もいつ止まるかわからない。
タンクにたまっているのが無くなったら終わりかもしれない。




「私は何か食べ物買って帰ろうかと思ってたけどすごく混んでてダメだった」




「どうする?とりあえず俺も食べ物はないし、コンビニ行ってみる?」





近くのサンクスまで行ったけど、
「営業は終了させていただきます」
って張り紙が貼ってあった。




外の公衆電話には2、3人の人が並んでいた。



こんなとこに、公衆電話、あったんだ。



私の携帯は、気づいたら電池が切れてしまっていた。
列に並びながら、職場で書いたメモを財布から取り出す。




目を凝らしても手元のメモが見えないくらい、あたりは暗くなっていた。



なんとか手に入れたと言っていた小さな携帯懐中電灯で、カズが私の
手元を照らす。





沙智、真鈴、お母さん、お父さん。



誰にも電話はつながらない。

入れては戻り、入れては戻ってくる10円玉。






並んでいる人のことをお互いに気遣いあって、一人がかけるのはだいたい
3回程度。



数回チャレンジしてダメなら次の人に譲り、また列の後ろに並ぶ。



そんなことを繰り返しながら、誰もが、繋がらないとわかっていても、
祈るようにかけ続けていた。












午後5時。



男性陣は一応待機、女性陣は帰宅許可が出た。


3月11日。


外はまだ凍えるような寒さ。




アパートには、非常時に食べれるようなものなんてほとんど常備なんかしてない。
とりあえず、何か買って帰らなきゃ…。




帰り道にあるローソンは外まで人が並ぶほどの行列ができていた。
電気が来ないせいで、レジも打てない。
懐中電灯の明かりの下、電卓で懸命に計算をする店員の姿が垣間見える。





外の寒さとは正反対。
店の中はあふれかえった人の熱気で苦しいほどだった。



何か、何でもいいから、なにか―。




そう思うも、すでに遅いのは一目瞭然だった。



パンやカロリーメイトなんてもってのほか。
お菓子も、飲み物も、缶詰も、電池も、目ぼしいものはほとんどなかった。



もうこれが最後ですよ、といった感じで、100円の500mlパックの緑茶、
烏龍茶が10本ほど、並べられた。
とたんに、私の傍で同じように「何か」を求めてうろついていた数人が群がる。



電気もガスもだめ。
断水もしてるはず。




数日食べれなくても、水さえあれば。。。





そう思い、私も咄嗟に手を伸ばす。







けれども。



…だめだ、きもちわるい。








人の熱気に、耐えられなかった。
下手をするとこの空間に30分以上は並ばなければならないと思うと、
耐えられなかった。





何も食べれなくてもいいや。





むせ返るような熱気の中、お茶一本のためだけに並び続けるより、
自分が倒れる可能性の方が切迫していた。




電気が一つもない薄暗い中、どんな風に帰ったのか記憶がない。





本当は、歩きながらも何度でも電話をかけたかったけど、
携帯はもう、最後の1メモリにまで減っていた。



心細くて、わずかな明かりを求めて携帯をずっといじっていたかった
けど、無駄遣いなんかできない。





お母さんがいない。
沙智と真鈴が、お父さんが。
誰も、そばにいない。





でも、きっと大丈夫。
大地震だったから、回線が混んでて繋がらないだけ。
電気が落ちたから、携帯も使えないだけ。
きっと、そう。
だから大丈夫。








宮古市の海岸に襲来した津波を、私はきっと、甘く見ていた。



車が何十台も浮いてる…津波ってすごいなぁ。
とりあえず海岸沿いは水没かもしれない。
5mとか、そんなくらいは来たのかも。
でも、まさかそこまでじゃないだろう。



そう、思ってた。





電気もなく、唯一の情報源だった先輩の携帯も、少しずつ
電池が減り始める。




職場では定時までは待機という指示が出たため、何もできず
何もわからないまま、ただ時間が過ぎるのを待つしかない。
電気がすべて落ちたせいで、少しずつ寒さが迫ってくる。
先輩が、職場待機になる可能性を心配して、近くのコンビニに
水や食料を買いに行く。
それ以外はみんな、防寒着を着て、待機していた。






携帯の残量がほとんどなくなった私は、一階にある公衆電話に走った。
すでに人が二人、並んでいた。




この人たちも、沿岸に家族がいるのかな。





どうせ繋がらないとわかってはいても、待っている時間がもどかしかった。
財布の中から、わずかしかない10円玉を探り出し、握りしめる。
たった数枚で、どれくらい電話ができるだろうか。
無駄にはできない。

ようやく自分の番が来たとき、寒くてしょうがないはずなのに、握りしめた
10円玉のせいか、手にはうっすら汗をかいていた。




お母さん、沙智、真鈴、お父さん…




受話器を握り締め、祈るようにダイヤルを回す。
戻ってくる10円玉のカシャンという音がやけに煩い。




お母さん、お母さん、お母さん…!





泣きたくなる自分を、叫びたくなる自分を、なんとか抑え込んで、
薄暗い中、必死にメモに目を凝らし、ダイヤルを押し続けた。





お母さん、お母さん。





こんなにも、声を聴きたいと思ったことはなかった。
こんなにも、会いたいと思ったことはなかった。






お願い。
一瞬でいいから繋がって。
一言でいいから声を聴かせて。
お母さん。







お母さん。