サラーム・カフェ Salaam Cafe -79ページ目
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『スワヒリの世界にて』和崎洋一著

久しぶりの投稿です。7月に最後の記事を書いてから、何カ月も空いてしまいました。8~10月の3ヶ月間は、アフリカモラルエコノミー研究会の調査でタンザニアのドドマに行っていました。


ずっと私のフィールドはチャド、ブルキナファソ、セネガルなどのフランス語圏アフリカ。まさか東アフリカデビューするとは夢にも思わず。人生、何があるかわかりません。




タンザニアで思い出したのが『スワヒリの世界にて』というこちらの本。


スワヒリの世界にて (1977年) (NHKブックス)/和崎 洋一



¥630

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すっかり忘れていましたが、私がアフリカに興味を持つきっかけの一つになった本です。久しぶりで引っ張り出したら、黄色く変色して時の流れを感じました。あれまあ光陰矢のごとし。




私が学生だった昔々、うちの大学の授業で唯一アフリカのことを聞けたのは、当時アジ研にいらした原口武彦先生の「地域社会論」でした。その時の課題図書の一つが、この本だったわけです。夏休みの宿題で、膨大なアフリカ関係の文献リストの中から3冊選んで読んで、何でもいいからレポートを書くという課題だったように記憶しています。




本書は、京大の人類学の先生のフィールドノート。初めてフィールドに行くドキドキ感や、地元の人たちと関係が構築されるプロセス、スワヒリ語の習得など、フィールドに対する愛があふれていました。タンザニアがどこにあるのかもよくわからなかったにもかかわらず、わくわくが止まらなかったことを覚えています。




何よりもまず、こういう職業があることにびっくり。

和崎先生は「サイエンシする人」であると地元の人に納得してもらって、だんだん居場所が深まっていくのですが、“何しに来たのか”をちゃんと説明しないと居心地の悪い場所というのも想像できませんでした。




言葉も、生活習慣も、環境も、食べ物も、何もかもこんなに違う世界で、たまたま出会った人たちと、はたして人間は分かり合うことができるんだろうか?




その時、私の中に生まれたそんな疑問に引っ張られて、気が付けば私もアフリカに足を踏み入れていました。(もう17年目ですか!?)最初は調査研究というアプローチではなかったですけれど。




初めてのアフリカは、アジア学院という有機農業の学校で知り合った研修生を訪ねた6か月の気まま旅行です。ケニア、エチオピア、ザンビア、ジンバブウェ、南ア、スワジランド、これにタンザニアも加わるはずだったのですが、ザンビアの友人の出張時期の関係で、泣く泣くタンザニア訪問をあきらめたことがありました。10年以上たってまたご縁があるとは!




振り返ってみて、最初に私が抱いた疑問の答えはどうだったんでしょうか?

イエスでもありノーでもあり。

言葉はできたほうがベター。食べ物も食べられたほうがいい。でも、それはコミュニケーションの助けになるけれど、当然ながら完全に分かり合う状況を保証してくれるわけではないですね。




もっと言ってしまえば、たとえ同じ屋根の下に住んでいても、血がつながっていても、同じ母語で話していても、分かり合えないことは沢山あります。今日分かり合えたと思っても、明日同じように分かり合えるとも限りません。




「同じ」であるという幻想は、「わかりあっている」という幻想を生むだけで実は不毛なのだということ、「違い」を引き受けさえすれば、ちょっとでも一部でも分かり合う部分が生まれるという感触は得ることができた気がします。




日本にいてもアフリカにいても、自分以外の人は実はみな違う存在です。

そういう点で、あまり大きな違いを感じなくなっている、というのが本音かな。

「分かり合う」基準点というかハードルは、とても低くなりました。

その分、分かり合えた時の喜びは増えましたね。

ラトゥーシュ氏の著作

先日ご紹介したセルジュ・ラトゥーシュ氏の著作が、初めて日本語で出版されました。


経済成長なき社会発展は可能か?――〈脱成長〉と〈ポスト開発〉の経済学/セルジュ・ラトゥーシュ

¥2,940
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翻訳者は、中野佳裕さん。

イギリスのサセックス大学で、ラトゥーシュ研究で博士号を取られた方です。

先日の講演会のときにはじめてお会いして、お話を伺いました。
フランスでは、そのカリスマ性から熱狂的な支持者に取り巻かれているラトゥーシュ氏ですが、イギリスではほぼ無名なのだそうです。それを日本人が英語で紹介する、というのは非常に価値のある、そして面白い試みですね。イギリスとフランスの思想的な距離もおもしろいです。同じヨーロッパなのにね。


この本は、ラトゥーシュ氏の二冊の著作を1冊にまとめ、さらに中野さんの丁寧な解説付という贅沢なものです。


これからチャレンジしますので、感想文はまた後日♪


『経済成長なき社会発展は可能か?』セルジュ・ラトゥーシュ講演会

昨日は、明治学院大学の勝俣誠先生のご依頼で、明学の戸塚キャンパスで上記の講演会の通訳をしてきました。

セルジュ・ラトゥーシュ(Serge Latouche)氏はフランスを代表する経済哲学者で、《Décroissance 脱成長》という概念を確立したことで有名な方です。
人類が追い求めてきた経済成長は、本当に私たちを幸せにするのか?という大きなテーゼを30年以上にわたって掲げ、そうでない道《脱成長社会》を提案し続けている筋金入りの“アルタナティヴィスト”。フランスには、グローバル化する世界の潮流に竿をさす気骨のある知識人がたくさんいますが、彼はその中でも傑出した人物です。


今回のお役目は私のキャパを完全に超えていましたが、勉強させていただくつもりで頑張りました。

集中力を使い果たし、帰ってからばったり倒れましたよ(笑)。


ここ数年、世界規模の経済危機をきっかけに、《脱成長社会》というコンセプトがメインストリームに躍り出た感がありますが、ずっと《物質的成長・発展》とは違う生活の価値観を大事に生きてきた人はたくさんいます。これまでは二極に分離した対立軸で語られてきましたが、パラダイムチェンジは必然であることが、今や共通認識になっているのではないかと思います。もはや、どちらを選ぶかではなく、どうやって移行するのかというところに、議論の軸は移るはずです。世の中の風景が近い将来、がらりと変わる。それはちょっと楽観的すぎるでしょうか?


ラトゥーシュ氏は少なくとも、ここ数年、普通の人たち(特に若者)と《脱成長社会》の考え方を共有できるスペースが広がりつつあることを実感し、喜んでいらっしゃいました。


私の専門との絡みでいえば、絶え間ない《開発》の押し付けに無言で立ち向かってきた社会がアフリカであり、その価値観のぶつかり合いに、私はずっとフォーカスしてきました。人類学的に面白い、を超えて、私たちの未来をどう作るのか、何を大切に生きていくのかを考えるきっかけとして、掘り出したいことがアフリカにはたくさんあります。


アフリカ・モラルエコノミー研究会は、そういう意味でぴったりのフィールドだと思います。偶然ですが、今回のラトゥーシュ氏との出会いともつながり、行くべきところに道はできるんだなあと感じています。


ラトゥーシュ氏は今回日仏会館が主催する下記のシンポジウムで講演します。
フランスの気鋭の思想家の方々が集まります。私は京都で研究会があり参加できないのですが(残念!)、興味のある方はぜひどうぞ。


日仏シンポジウム:より良い共生が可能な社会を目指して

日仏会館1階ホール
2010年7月10日(土)、11日(日)


コンゴの熱いトーク

元UNHCRの米川正子さんと、アフリカの紛争地域を取材して40年のジャーナリスト大津司郎さんの企画で、コンゴ民主共和国とその周辺国で起きている大きな紛争の問題を語る集まりに参加してきました。


今回、お二人は絶妙のタイミングでそれぞれ本を出版されたのですが、現場を知り尽くしている人にしか書けない非常に内容の濃い作品です。なかなかメディアが取り上げないので、一般の人たちに知られていないことがたくさんありますが、アフリカの紛争地域で起きていることは想像を絶するすさまじさです。知れば知るほど胸が痛くなります。


どちらもお勧めですので、ぜひ読んでみてください!


世界最悪の紛争「コンゴ」 (創成社新書)/米川 正子
¥840
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アフリカンブラッドレアメタル―94年ルワンダ虐殺から現在へと続く『虐殺の道』/大津 司郎

¥1,260
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フロアーから、いろいろな立場でかかわっている人の声がありました。


一番のテーマは、やはり「この現状をどう伝えるか?」ということですが、最前線でがんばっているお二人のような人たちの発信を、どう扱い伝えていくのかという点は非常に大切だと思います。


同時に思ったことは、受け取る側の日本で暮らす普通の人たちの人権感覚ってどんな感じなんだろう?ということです。


フランスなどでは、移民の人たちとの社会での摩擦など、人権のテーマと向き合わざるを得ない日常があるので、おのずと敏感になる環境に身を置くことになります。


何不自由なく日常生活が送れていて問題を感じなければ、逆説的ですが基本的な人権に対する感覚は相対的に鈍くならざるをえません。でも本当のところはどうなんでしょう?

日本で普通に暮らす人たちが、アフリカの紛争について考えることと、人権というものの日常での意味をセットで考える機会があると、何か繋がってくるかもしれません。


[正しいこと」って、ある意味「非の打ちどころがない」がゆえに、知らず知らずのうちに相手を追い詰めてしまうことがあります。みんなそれぞれの優先順位で日常を生きている中で、それでも一緒にアフリカの問題を考えるスペースができるのが理想なんですが、これがなかなか難しい。


最前線の危機感と、不安を抱えて内向きになっている日本の温度差は、なかなか埋まらないと思いますが、できるだけ間口を広く取って、いろんな立場の人がいろいろな関わり方ができるように畑を耕すことも大切だと思いました。

ごあいさつ

みなさん、こんにちは!坂井真紀子です。


アフリカの農村の生活と開発援助の問題を社会学的に掘り下げています。


村泊まりが大好きで、これまで訪れた10カ国近い国で、ホームステイを体験しています。
村のおばさんたちの畑や台所を手伝うのがとにかく楽しい!

アフリカの農村にあるのは、ステレオタイプの貧困の問題だけではありません。

本当は、もっと多様で豊かな世界が広がっています。

私たち自身の生き方を問い直すきっかけは、実はアフリカにあるんじゃないかと思っています。


5月に奈良で行われた日本アフリカ学会の学術大会では、「地域開発フォーラム」に参加させていただきました。そのご縁で、今度「アフリカ・モラルエコノミー研究会」のタンザニア調査に参加します。


このブログを通して、これまでの蓄積や日々思うことを発信していきたいと思います。

どうぞよろしく♪

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