こんばんわっ
毎日忙しいカリメロです~
わーい、やっとブログ更新出来る!!今日は夕方短時間のお仕事だけという日なのでのんびりです~。
ちなみに月曜は朝の10時半から夜の1時まで(その間休憩1時間ちょっと・・)という超ハードワーク日でした
でもこの調子ならなんとかこなせそうです。10月いっぱいなら・・・。頑張れカリメロ

今日は私の好きなカフェ情報・・・ではなくとても精神的な面で良いきっかけを作ってくれた本を読んだので、その紹介をしたいと思います。カフェ情報はちょっとお休み・・・。次回はカフェのお話を更新させて頂きたいと思いまふ
先週位から少づつ読みはじめていたその本は「インディゴ・チルドレン~新しい子どもたちの登場~」リー・キャロル&ジャン・トーバー編著 という本です。
「インディゴ・チルドレン」という言葉自体は2年位前にこのブログにもコメントを下さっているE子さんとIさんから聞いて初めて知りました。
それから、半年位前にとあるヒーリング(?)のようなものを受けた時に、そのヒーリングをして下さった方が「ああ、あなたはインディゴなんだね~
」と私に言ってくれて、それがどんなものなのかずーっと興味を持っていたのです
(簡単にはどういう人たちを「インディゴ・チルドレン」というのかは知っていたのですが、詳しくは知らなかったのです。)
インディゴ・チルドレンをここで簡単に説明すると、インディゴ・ブルーのオーラを持って生まれてきた人たちの事で、1970年代位から少しづつこのオーラを持つ子供が生まれはじめ、80年代、90年代と増えてゆき、現在では10歳以下の子供達の90%はインディゴだということです。
このインディゴ・ブルーのオーラを持つ子供達(もう子供でない人たちもいますが・・・。)は、この世界に生まれてきたことに対してはっきりとした使命を持ち、自分自身に誇りを持って生きていくというのが大きな特徴だそうです。
この「使命」というのは新しい価値観を持って作られていく次の世界の案内人としての使命です。
そして新しい価値観とは「愛と平和によって世界を形作っていくこと」
つまりインディゴは世界中の人たちが平和と愛に溢れて生活していくより創造的な世界を作るために生きる、という使命を持って生まれてくるそうです。
そしてこの本を読んだ今、私は本当に自分自身を誇りに思っています
この「誇り」はナルシシズムではなくて「心から自分を愛していて、だからこそ自分の心に正直に誇りを持って生きる」という決意みたいな感じです
この本自体はインディゴの子供達を持つ親に対し、この子供達をどう導いていけば良いかという点にかなり的を絞って書かれているのですが(何故ならインディゴの子供の多くは既存の社会の仕組みに馴染めず、ADD(注意欠陥障害)やADHD(注意欠陥多動性障害)という病気と診断されて薬を投与される等、あまり理解されていないから)、私自身はまるで自分の小さな頃から思春期、今に至るまでを全てさかのぼって思い出さずにはいられませんでした。
本を読み進めていく中で、私は思い出したくないことも含めて過去をもう一度実体験し、自分の心の中に眠っていたたくさんの傷の存在を思い出しました
そう、私、すっごーく生きるのが辛かった。
自分に誇りを持てるようになったのはここ何年かの事で、それまでどれ程自分がダメな人間で、そのせいで大切な人たちに迷惑をかけることしか出来ず、理解してもらえないと思ってきた・・。
そして、私が理解されないのは私がダメな人間だからだと。他の人たちのように社会に溶け込めず、学校でも、家庭でもルールに従えない自分勝手な人間だから愛されないのだと思ってきました
暗いよ~。
特に中学校から高校まで、思春期と呼ばれる時期の暗かったこと・・。(こういう人、多くないですか
)
この時期のことを私はほとんど忘れていたけれど、今一つ一つを思い出しました。傷ついたことも、苦しかったことも、その合間に幸せを感じる瞬間もあったことも。
今なら、私の行動は自分で意識していなくても、他人に理解されなくても「自分の心が決める愛情や誠実さに従うためのもので、それに反するものは一切受け入れないと決めていた。」結果のものだと分かります
うわべだけ見て何かを判断したり誰かに何かを勝手に決められたり、ルールを押し付けられる事は私を侮辱しているのと同じことだし、その侮辱を受け付けないために、私は正面から戦わなきゃいけなかったのです
(その時、私は侮辱してくる人を適当にあしらって、自分の出来る範囲で誠実に行動するという上手いやり方を知らなかったのです・・
)大袈裟に聞こえるけど、まさにそんな感じでした。
他のインディゴたちの体験を読んで、そして自分自身の経験を振り返っていくうちに、涙がいっぱい出てきました
そして「傷つけられり理解されなかったと感じた出来事も、それを引き起こした環境も人も、きちんと見つめて、その上でそういう出来事や人を許して受け入れたい、そうする事で自分が癒されていく」と強く感じたのです
何かを許したり、自分自身や他の人たちを受け入れていくことは言葉で言うよりも難しい作業で、本を読んだ位で簡単に全て出来てしまう訳ではないけれど、「癒し」っていうのはただ気持ち良かったりホッとさせてくれるものでなく、そうやって自分を見つめながら受け入れていく作業だと思んですよね~
温泉も好きだし癒されますが
それから、本にも書いてありましたが、「インディゴの子供たちの行動は全て愛情や自分の心の中の価値観に対する誠実さに基づいていて、それらに従って行動してこそ幸せを感じることが出来る」そうです。
もしそうだとすれば・・、例えば「誰だってみんな生きていく上で苦労したり傷ついたりしているし、そういう経験を他人に話したり誰かに協力してもらって解決することは弱い行動で、自分自身で解決することが出来て大人になれる」というおかしな価値観(私はこの手の価値観を押し付けられ続けてきたので、反抗しつつもこの価値観に従わなければいけないという強い思い込みがあります、イヤだけど
)って、あんまり愛情に基づいてないし、オープンじゃないと思う。私は。
今のカリメロだったら、「常に大切な人たちに対してオープンでいたいし、そのためにお互いの苦しい経験や傷を共有して、協力しあって乗り越えて、お互いにより良い生活を送っていければ一番いい。」と思いますです。
そうやってお互いに尊重しあって理解しあうことで、みんなが
「自分は必要とされて生まれてきた人間で、肯定されて希望がたくさん溢れた存在なんだ
」
と心から信じられた方が自分にとっても他人にとっても良い循環が生まれると思うのですが

そして今はそう信じられるようになったカリメロにとって、毎日を生きていくことも、将来のこともワクワクするものだし、自分を信じて肯定することさえ忘れずにいられればキラキラしていられる
と思えるのです~。
心のうすーい人たちの行動やそれに流されてしまう自分のせいでイライラしてしまうこともたびたびですが(だって毎日忙しくてそしてあくせく人ごみに紛れて働いているとおかしな事がたくさんまかり通っているんだもん
)、帰り道は必ず自分のことを好きでいてくれる人たちや何よりも自分のことが大好きなキラキラしている自分を考えて「うーん大丈夫
」と思い直しています。
世界中が思いやりや愛情でいっぱいに包まれますように・・。
そしてそのために生きていける人間でいられるように、これからも頑張りますっっ
カリメロ